天災のこと。
こんなふうに人は滅びていくのかなって思った。 当たり前のように水、電気、ガス、ガソリン、食べ物を手に入れているときのことを考え、便利な世界にいつの間にか馴れていたんだなって。
人が死に、それを悲しむ人がいる。悲しんでくれる人がいる。
行方不明の人がいる。必死に探してくれる人がいる。
こんな姿を見て、いま言うのも不謹慎かも知れないけど、温かいなって。 そして素晴らしいなって。
でもね。きっと自然もそれぐらい死んでいってるんだよ。きっと人みたいには悲しんでもらえてないんだよ。
例え毎日同じ生活で、ご飯食べてても、一口一口に感謝。僕が生きるために犠牲になってくれてありがとう。くらい思えるようにならないとね。

大量生産の時代で物が溢れててそれが当たり前って思ってしまってる。
きっと今回の人の死は自然が生きるための犠牲なのかもしれないって思ってる。

今回の地震で勉強をすごくさせてもらった。水汲みの大変さ。食べ物のありがたみ。明かりのある嬉しさ。携帯電話の便利さ。助け合い。

大切にしなきゃいけないのはたくさんあって、僕は感謝できる人間にならないといけない。そう思いました。
そこにボクがいて、微かな変化を求めてる。
囁くような小さな変化にも似たもの。
一年での変化を振り返り、少しマシになったかな。と自分を誉めたり。
精一杯の愛で最近人に接することをしてなかった気がする。
愛情を受けること。愛情を注ぐこと。
自然と出来るようになれば、人を人として、見ることができるのかな。
そこにボクがいる。
そんな場を増やすこと。 必要な人間になれるのかな。男とか女とかそんな狭い見方の変化を感じることができるのかな。
血が嫌いです。
赤が止まれだから。
海が好きです。
青が清々しいから。
光が苦手です。
黄がまぶしいから。

色ってなんだろう?
目に映る幻想?

じゃ盲目の人にとっての色ってなんだろう?
音階?

じゃ難聴の人にとっての色ってなんだろう?
やっぱり色彩?

じゃ芸術ってなんだろう?芸術って誰のためにあるんだろう?自分?他人?

じゃもし盲目で難聴の人がいたらその人にどうやって芸術を伝えるんだろう?

においに色ってあるのかな。懐かしいにおい。それって色なんだろうか。 人それぞれのにおい。それだけで芸術なのか。

いやそれだけのことではない気がする。
におい。全世界の人誰でも感じることができる唯一の芸術ではないだろうか。