『真実の一乗・大乗とは』
全て を一と乗せて一となすゆえに一乗これなり。
全てを一大一人の大と乗せて一となすゆえにこれを真実の大乗と言うなり。
私はゆえに唵・阿毘羅吽欠と申して、全てを一と乗せてこれを釈明と示して証しゆくに真の一乗これと証するなり。
しかるにその一大一人の大と乗せて一となすに、またこれをして真実の大乗なると証するなり。
大日如来一印会一乗大乗、これと証して証するに、これをして真実の真諦第一義諦とは教えるなり。
この一乗・大乗を解せず、なせぬうちは、一乗も大乗も実のところ極まる事に非ずなり。
密教は仏教の本末にしてその究竟のゆえに生まれるなり。
即ち、密より入りて、密と究竟するは円教一円一実の諦これなり。
仏教においても、神教においても、ともに密と入りて、密と極めて、究竟となすに、ただ、密教を真の究竟と教えるなり。
太陽の法嗣
大日 天光子
合掌