罪をつくるに罰が生まれる。罪の罰としての獄舎、そこは矯正の場としておかれる。その罪を償い、自己の曲った命をまっすぐと正しめざめかえす場、そこが本来の刑務所という獄である。その獄は罪ゆえに落ちたところであり、その悪道より救いかえさんがためにこそあるもの、即ち天の中の獄である。地獄もこれと同じ、罪に対して罰で正して救いゆく場、神仏は地獄を見せても救いゆくと知れば、怖れからも去れる、大切なのは自己のめざめ改心である。全てを救わんとする慈悲がそこにあるのだから。
太陽の法嗣
大日天光子
合掌
罪をつくるに罰が生まれる。罪の罰としての獄舎、そこは矯正の場としておかれる。その罪を償い、自己の曲った命をまっすぐと正しめざめかえす場、そこが本来の刑務所という獄である。その獄は罪ゆえに落ちたところであり、その悪道より救いかえさんがためにこそあるもの、即ち天の中の獄である。地獄もこれと同じ、罪に対して罰で正して救いゆく場、神仏は地獄を見せても救いゆくと知れば、怖れからも去れる、大切なのは自己のめざめ改心である。全てを救わんとする慈悲がそこにあるのだから。
太陽の法嗣
大日天光子
合掌