我が教え | 太陽王法の会


『我が教え!』


我が教え、
億千万とあろうともその全ては、
ただ全ての平和と幸せを願うものなり。

『全てが平和で幸せになりますように!』

『全てを幸せにできますように!』

この想い、願い、望みが形となって教えと示したものなり。

全てをこの心の上に乗せて見聞し、授受するがよかろう!

我は
ただこれを願い、望み、
思うがゆえに
祈り、
祈り、
祈り、
そして心と命の道をこの世に説きて説きて、説き明かすなり。

ゆえに
この教えこそ、
この世、
あの世の万界の宝と言われるなり。

我が心の井戸より汲みだす智水、
真水、
光明と一つになって全てを清め、
全てを光と帰すなり。

この水、
万量無量にして、尽きる事これなし!

太陽光明の尽きぬと同じなり。    

阿毘羅吽欠は
上求菩提、
下化衆生成道成就となす法にして、一切の法是れなり。

阿伽尼瑟咤(アカニシッタ)

最上天で説かれたる一切済度の法なり!

阿毘羅吽欠は
法身の法にして、報身の法にして、応身の法、
即ち三身一如の王法なり。

阿毘羅吽欠は法身ゆえに是れ真理、神その命にして全てこれなり。

阿毘羅吽欠は神仏!

神仏は
これ阿毘羅吽欠、我これを唱えて一となす時、
我もまた三身一如の命にして、仏陀に神これなり。

阿毘羅吽欠は是れ一切にしてただ阿毘羅吽欠が天地にしてこの世界の全てなり。

真理を一山の山と例えれば、
その入山の道、
億千万あろうと、たどり着く天はただの一なり!

その一こそ阿毘羅吽欠なり。

億千万ある入山道の法はみな、
そこと昇りゆく為の法これなり。

その頂、
阿伽尼瑟咤天
(最上天)と至りてみな悉く、阿毘羅吽欠と帰るなり!

即ち、
一切法、
一切道、
一切の一切みなただ阿毘羅吽欠なり。

それを教えて、
その第一義諦一乗の命を『摩訶・毘盧遮那遍一切處』と言うなり。

即ち、
太陽主たる大日如来の一切世界、
一切命を教えるなり。

釈迦如来も最後にここと至りて、
天衆に讃えられたのである。

即ち、
月氏から太陽と至りて大智光明と教えを説く釈氏・釈尊と完成したのである。 


太陽の法嗣

大日    天光子

合掌