片翼では飛べず! | 太陽王法の会

『片翼では飛べず!』


鳥は片翼では決して飛ぶ事はできない!

右と左の両翼を
一つにしてこそ、
はじめて天高く飛び立つ事ができるのである。

されば
右だ、
左だ、
右翼だ、
左翼だなどと分けたがえて騒いでいる者達こそ悲れである!

その者達は生涯、
真実飛び立つ事ができないからである。

その翼は天と飛び立つための道具であり自在と飛ぶ為の手だて(方便)である。

すなわち
それは命にまとう衣のようなものであるから本体の命がどこにあるのかを知る事である。

本体の命は両翼の中心にあるをよくと見つめ覚めて真実を知る事である。

天と舞う鳥達に飛び立つ方法を実と聞く事こそ人には大切だと言うのである。  

左右の翼を異にすれば翼と言う文字にもならず!

左右の羽を一つにして天において異ならさないから翼という形になるのである。

左右を
一つに合わせるから「翼」となって、
真実と飛び立てるのである。

されば
その中心にある命において左右たがえず一つになしてこそ、真実の命となるのである。

この道理を人は解らずにいるから、
一方に片よりて、
その一方の翼の方が正しく飛べると論じるのである。

左右の一方のみでは翼にも羽にもならない事が解らず見失っているから悲れな姿と言うのである。

右も左もなく、
その中心こそが命、この当たり前の道理を早くしるべきである。

飛行機の片翼に乗って飛べるかよく知り安心の座、真実の座が中心にある事を気づくべきである。

田という命、
心を共にせざるゆえに「異」と示すのであり共にするゆえに「同」となる!

そこにこそ一の翼が生じるのである。

右も左も無く、
あっちもこっちも無い!

命はみな中心である。

天を自由自在と駆ける鳥達はこのようにして天に飛ぶと知る事であり、学ぶ事である。

右だの左だのと騒ぎ迷うな!

左右は
一つにしてこそ、
道は正しくなるのであるから。


太陽の法嗣

大日天光子

合掌