『帰依の依るとは!』
帰依すると示すところの(依)とは文字の示す通り命の衣として、その内命を養う事を言うのである。
南無するとは、依る事であり帰依即ち神仏に依りて真実の命と帰る事である。
(依)るとは、辺の(イ)は命、プラス衣であり、それを命の衣として南無し、その内なる命をこそ真理へと帰入せしめる事であり養う事である。
南無阿弥陀仏の念仏、
南無妙法蓮華経の題目、
そして各々の真言、神呪、
みな、真実の命をこそ養い覚る為に用いるものと知る事である。
神仏とその正法に依りて覚めた自分、
本来の自分、
真なる自分と帰りゆく事こそが、その依るところの肝心なのである。
神仏とその正法に依りて彼岸と至る!
真理と成道する!
この生まれるためにこそ依りどころとするのが、
南無、
帰依の肝心なのである。
依るとはゆえに命の衣となすことにして、その内なる命をこそ養い真実の自分と生まれゆく。
生まれかえる事と教えるのである。
真言という命の衣を着て、真実の道と入りて真実の命と生まれかえる!
念仏という命の衣を着て、真実の道と入りて真実の命と生まれかえる!
題目という命の衣を着て、真実の道と入りて真実の命と生まれかえる!
自己が自己に覚めて真理一如の自己と生まれる。
帰依、南無の一番の肝心はこれなり。
法に依り、
神仏に依るも、
その法や教えを命の衣として、しっかりと身につけ命につけて、内なる命を養いゆきて、真理と生まれかえる為である。これを忘れては真の(依る)という意味は無いと知る事なり。
真理を命の衣として真実の自己を確立す。
法を命の衣として真実の自己を確立する。
義と道を命の衣として真実の自己を確立する。
真実道理を命の衣として真実の自己を確立する。
真理一如の正しい智慧こそ命の衣として、真実の自己を確立する。
生まれかえるのは、覚めかえるのは、
悟りかえるのは、
彼岸と生まれかえるのは、
内なる命、
本来の自己なり。
法に依れ、
義に依れ、
真実道理に依れ、
正しい智慧にこそ依れ!
全て一人一人の命を命として生まれせしめるため、生まれかえす為にこそあるなり。
仏教も、神教も、依るというこの根本こそ知れ。
悟りの岸と至り帰る為に!
真実の命と生まれる為にこそ、南無と申して暮らすと知る事なり。
南無大日如来
オ一ン・アビラウンケン
オ一ン・アビラウンケン
大日如来に帰依申して真実の命と帰るなり!
太陽の法嗣
大日天光子
合掌