大いなる命の大日天光子! | 太陽王法の会

大いなる命としての私。
神々よ。
天、大空は私の家の屋根である。
地は即ち床である。自然はこれ無量の柱であり、山はその大黒柱である。
海、五大海、七大海悉くこれ私の庭の池である。
されば、その家の子たる一切衆生は悉く兄弟姉妹にして我が子なるは当然である。
その一人一人の子達の為に私は、ここに正法万教と顕すのである。
全て子たる一人一人の為に、これを与え説くと知る事である。
天下において失われたるものを取り戻す為に、太陽一如と蘇生して私は大いなる法と道の教えを説くのである。

神々よ。

人々よ。

私は法の身であり、法の命である。
私は神の身であり、神の命である。
私は法の中に存在し、神の道の中に存在するものであり法の中の存在であり、神の道の存在である。
そのような私が仏の本質たる悟りを説き、一切を悟りへと導き至らしめるのである。
それが、私の命の本質であり相である。仏陀とは故に真理。神と至りた者であり、その道の成道者、証得者、完成者を言うのである。
覚りた仏という名前は、法の身であり命であり、神の身であり命であり、法の中の存在であり神の道の中の存在である。
大いなる真理、神と一如となしてその一と至るのが真の仏である。
その一において仏は神と一つであり、神そのものと生まれるのである。
故に、神本来の相とも言うのである。
そこにおいて全てがまたそのようであると悟るから、真の仏とも言うのである。神と仏を分ける宗教者は故に道を知らない愚かなる者となるのである。
私は、この一切が私の命と説いて大いなる神を示すのであり、この一切が私の家と示して生命全ての一を示すのである。私は、そこにおいて神となり仏となり、そのままにまた人を生きるのである。
全ての人がこの大いなる命の大いなる道、真理と至るならば、この世界は光明と輝きゆきて大いなる世界と生まれゆくのである。
そこには最早、神と人とを分ける世界は存在しなくなるのである。
この世界において太陽の法こそ最上無二の法である。
一切の宗教はこれにおいて生じ、これにおいて極まるのである。

『太陽自身の一如大正法。』

『黄金光明の法。』

『オ一ン・アビラウンケン。』

これこそ一切の法、これである。

友よ。
私の万教一切をその命、その心と大きく広く読みて太陽の法の偉大さを知れ。

友よ聞け。
私の人生の前半は真っ黒であり、闇の中である。
私は愚中の愚にして悪中の悪にして、迷中の迷である。
大愚、大悪、大迷はその時の私である。無学無智の中の大無智にして、大迷大愚の私においても、太陽の法はかくと生むと教えるのである。天下最下のところから宗法最上第一義諦、天上天下第一の智へと昇華なす事を私は証明するのである。
私はこれを示す為に生まれたのであり、生まれせしめられたのである。
この偉大神秘なる事実こそ、一切の友は知る事である。
太陽の法と修してそこと開いて、そこと成道し日々、月々、年々の精進をなして進むに、かくと成せると知る事である。この事実こそ全ての人は心に聞く事である。
これが一切通用の修法。
大正法。

『オ一ン・アビラウンケン』

救世の法の実相なると教えるのである。 私は大日如来と生まれたる者である。
私は故に、太陽の法を身とし命として、太陽の神の一人と生まれたる者。
生まれる者である。されば私は、太陽宇宙法界宮の太陽一切法の中の存在であり、太陽法身たる大いなる神の存在である。
全ての人々はこれを忘れてはならない。この私を、害なう者あれば正法を害う者にして神を害ない、神の道を害う者となるに。
大逆罪の中の大逆罪となると知る事である。
この罪は、親を三度殺す罪よりも更に大きな罪と知る事である。
故に、一切は私と私の説く正法を決して害いたり、傷つけたり、誹謗したり、悪したり、輕んじたりしてはならぬと示すのである。
一切神仏は悉くこの法に依りてこそ仏となり、神となり、大いなる命と生まれる者と知る事である。
その一切を害うような大愚なる事を決してなしてはならぬと教えゆくのである。

太陽の法嗣

大日天光子