施設見学 | まったり ケンタッキー から まったり日本生活へ

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三男一女の育児家族の日記です!
子沢山に恵まれて幸せーー!!!
だけど、日々は怒鳴りまくり( ノД`)
笑顔でパワフルに過ごしたいーーー!
長女まっしは、重度の知的障害者です。

昨日は、一日仕事を休んで
PTA主催の施設見学ツアーに
行ってきました


一般就労
生活支援
就労移行支援施設



いろいろありますが、
まだまだ知らないのが実情です


また、法律も毎年かわるので
常に情報収集が必要です


現在、企業の障害者雇用は
全従業員の2%といわれていますが
ほとんど就職がないのが実情だそうです

また、障害者といっても幅広くて
普通の学校にいけるけど、話せるし、
意思疎通できるけど、ちょっと環境
に馴染めない人、動作がゆっくりな人から
重度と言われて、身の回りのこともままならない状態、意思疎通もできない人も 
いろいろです。



多分、一般企業に就労される方は
知能には問題のない方が多いのかなとか
思いました。

なので、多くの人は
施設での作業とかになる感じかなーと



ただ、学校と違って、就労施設は
卒業がないので、歳をとっても
ずっとそこにいるので、なかなか空きが
ないのが現状だそうです



それにしても、今日はどっと疲れた
体も心も疲れた



まっしは、将来どうなるのか
働く場所?施設はあるのかな?


私たちが歳をとって
面倒みれなくなったら
誰がみるのかな

施設入れるのかな、、、
いろいろ考えました



就労といっても、平均5時間とかの
短時間労働


一般企業に就職でない場合は
お金を払って、仕事をさせてもらい
少しばかりの対価を頂く


仕事ができる人で、平均一万五千円
少ない人は、三ヶ月で五千円くらいしか
もらっていないそう



自分のお昼代金も払えないような
給与しかもらえない状況




しかも、親がその施設まで送って行ったり、送らない場合でも、送りのバスは、
夕方三時半に出るとなると、家に遅くとも、五時、、、。


何才になっても、ずっとつきっきりで
お世話をしなくては、、、
と、げんなりもしたのは事実で。


はぁ、不安すぎる将来


でも、 昭和50年ごろまでは
障害者の福祉法がなく、親がずっと自宅で
子供を世話していたそうです


なので、障害者がある子供の家庭は、
地域との関わりがすくなかったり
お世話に疲れて、家族崩壊やその子と
死を選択した方も多かったとか。

当時は、障がい者の人権なんて
なかったような時代だったのかと
思います。


まだまだ、障害者のための法律ができて
歴史は浅く、当時の両親は本当に
大変だったんだなぁと思うと、、、、。


今の私たちは、足りないながらも
守られているなぁと感じます。


法律に対して思うことは、
たくさんありますが、まずは、
まっしの得意なことを見つけたり
これだけはできる!!ってことを
習得しなきゃとおもいます。



就労まで、たった十年
でも、一年に一個できることを
増やせば、10個はできる


地道にやるしかないです、、、


障害者本人も、その家族もみんな
幸せに暮らしたい



うだうだとなりそうなので
この辺で。