リハビリ第一段階のまとめ。まずこのYouTubeを聴いて内容をUPして自身の感想を述べるという事。これは斎藤一人さんの「絶好調」というコンテンツからの引用らしい、今の内に言っておくが「絶好調」は俺の大嫌いな言葉だ。そしてその中で3つにさらにテーマがあって「健康になること」「幸せになるには」そしてえ?的な「霊の落とし方」の3つ。俺は今まで自分と真反対にいる「勝ち組」に意味も理由もなく敵とみなしていた。単に嫉妬していただけ。そして生きていくのがもう嫌で自殺未遂を図ったのも1度や2度じゃない。
ただまずは結論から言うと話は凄い面白った。気が付けば何度もリピートして聴いている。まずは健康について。俺は19歳からうつ病に罹っているがあちこちで俺の18歳の時までは「明るく元気で楽しいイマムラクン」だったからその落差には驚いた人も多い。例えば自分について「鬱病が今日は酷くて」と医者でもない人に言ってもその方が心配するだけ。「今日は鬱だけど~は出来た」という肯定の言葉を発すると鬱が実際、酷くてもその状態はいつもよりより早く治る、というもの。ただこれ、俺のうつ病に関して言えるのは一人さんには悪いが全くなかった。キク薬を呑んだ方がもう圧倒的に鬱状態は治る。今では禁止されているリタは本当に劇的にキいた。論より薬、が僕の体験談。とにかく「絶好調」と言葉にしてみると違うというがこれに関しては2:8での2しか受け入れられない。まぁ絶好調、ぐらいは言えるけど。直感的な部分では説得力は感じた。基本的には平和主義なのでそういう意味では鬱には振り回されてるが基本的には今も「絶好調」か。
霊の落とし方について:はかなり興味深く聴けた。普通、霊が憑りついたらその霊を早く落とそうとしないということ。ここは意外だった。むしろ「俺に憑いて俺が”幸せや絶好調”を感じたら成仏するらしい。これも意外だった。でも素直に「そうかもしれない」とも思った。で、これを聴いているとなんだか体がゆる~く休まるんだよなぁ。「自分を不幸不幸とおもっていたらますます不幸になる」というのは判る。自分の場合は嫌なことがあるとすぐそれを曲にして成仏させていたんだなぁ、かもしれないなぁ、とおこがましいようだけど武蔵野の音楽でストレス発散していた後輩もいた。なんでもいいから自分の夢を持って行けば「ドラマ」が生まれる、すなわちそういう夢や目的をなくした人が自殺をする。あと斎藤一人さんが「使命を感じれば人に役に立つ使命を感じれば、そしてそれが人の役に立つことその人は幸せになれる」とまで言っている。ちょっとスピリチュアルな感じでドン引きするようだが俺は俺で自分のドラマを構築していく。つまり曲を書き続ける、ということ。急に書く曲が清く正しい啓蒙的にな曲になるわけではない。むしろその対極に位置する楽曲群、でもそれでも俺の激しい曲やスローバラードには自分自身での人生経験とのケミストリーを起こしていると信じている。だって夢にまで曲が浮かぶんだから。素面で「藁人形」なんていう不穏な曲が出来るのだから。とりあえずリハビリ第一段はこういう感じ。時期的に人気女性タレントの「出家」騒動でいい迷惑だよ。まぁ今日もウチは日なたが当たってなんにも問題なく、かといってぐれいとな状況でもないけれど一人さんのいう「絶好調」なんだろう。
ただまずは結論から言うと話は凄い面白った。気が付けば何度もリピートして聴いている。まずは健康について。俺は19歳からうつ病に罹っているがあちこちで俺の18歳の時までは「明るく元気で楽しいイマムラクン」だったからその落差には驚いた人も多い。例えば自分について「鬱病が今日は酷くて」と医者でもない人に言ってもその方が心配するだけ。「今日は鬱だけど~は出来た」という肯定の言葉を発すると鬱が実際、酷くてもその状態はいつもよりより早く治る、というもの。ただこれ、俺のうつ病に関して言えるのは一人さんには悪いが全くなかった。キク薬を呑んだ方がもう圧倒的に鬱状態は治る。今では禁止されているリタは本当に劇的にキいた。論より薬、が僕の体験談。とにかく「絶好調」と言葉にしてみると違うというがこれに関しては2:8での2しか受け入れられない。まぁ絶好調、ぐらいは言えるけど。直感的な部分では説得力は感じた。基本的には平和主義なのでそういう意味では鬱には振り回されてるが基本的には今も「絶好調」か。
霊の落とし方について:はかなり興味深く聴けた。普通、霊が憑りついたらその霊を早く落とそうとしないということ。ここは意外だった。むしろ「俺に憑いて俺が”幸せや絶好調”を感じたら成仏するらしい。これも意外だった。でも素直に「そうかもしれない」とも思った。で、これを聴いているとなんだか体がゆる~く休まるんだよなぁ。「自分を不幸不幸とおもっていたらますます不幸になる」というのは判る。自分の場合は嫌なことがあるとすぐそれを曲にして成仏させていたんだなぁ、かもしれないなぁ、とおこがましいようだけど武蔵野の音楽でストレス発散していた後輩もいた。なんでもいいから自分の夢を持って行けば「ドラマ」が生まれる、すなわちそういう夢や目的をなくした人が自殺をする。あと斎藤一人さんが「使命を感じれば人に役に立つ使命を感じれば、そしてそれが人の役に立つことその人は幸せになれる」とまで言っている。ちょっとスピリチュアルな感じでドン引きするようだが俺は俺で自分のドラマを構築していく。つまり曲を書き続ける、ということ。急に書く曲が清く正しい啓蒙的にな曲になるわけではない。むしろその対極に位置する楽曲群、でもそれでも俺の激しい曲やスローバラードには自分自身での人生経験とのケミストリーを起こしていると信じている。だって夢にまで曲が浮かぶんだから。素面で「藁人形」なんていう不穏な曲が出来るのだから。とりあえずリハビリ第一段はこういう感じ。時期的に人気女性タレントの「出家」騒動でいい迷惑だよ。まぁ今日もウチは日なたが当たってなんにも問題なく、かといってぐれいとな状況でもないけれど一人さんのいう「絶好調」なんだろう。