今日、2月の13日は母方の祖母の命日。20年間、膠原病と何もしてなくても痛みが身体に走るリウマチに苦しんでいた。移動は車いすで基本的にはベッドで寝たきり。母と祖父と叔父が基本的に看病していたが祖父が末期の肝臓癌に罹り、介護する人間は母独りになってしまった。どんどん看病でやつれていく母を見るに見兼ねて当時やっていた金銭面で非常においしい仕事を辞めて僕も看病するようにした。基本的に昼は母、夜は僕、というローテーションで。あの頃は他にも色々と歳相応のプライベートな重くキツイことが続き、僕のうつ病も悪化した。1997年の5月11日に肝臓がんで祖父が他界。それでこれで寝たきり状態の祖母を預かってもらえる施設という施設を周った。僕の近所の大病院にいた時もあってその時に顔を見せに行ったのだが、介護士さん達から「孫まで、ましてや男の人がお見舞いに来るっていうのはよほどおばあちゃんが好きなのね」と言っていたが、基本的にそこに顔を出す時には他の患者さん達の介護の手伝いもした。そして祖父の後を追うように祖母は急性肺炎で他界。1年で祖父と祖母は両方とも他界した。介護や看病をしている時から僕は涙を流しながら看病したし、こと祖母に至っては急だったので大げさではなく5分おきにトイレに入って涙を流して拭く、を繰り返していた。とにかく20年前は人生の中でも本当にヘヴィーな時期だった。それを思えば今は平穏な日常だが今度は違う分野のことで重くキツイ想いをしている。なんだか分裂気質だな。