昨日のさだ●さしや吉田●郎との類似点はよく指摘されるが(パクリって意味じゃないよ)、僕自身音楽に目覚めたのはあの「オフコース」である。解散コンサートも行った。僕には「企業秘密」な自分で編み出した(?)「今村コード進行」というのがあるのだが、オフコースにもそういうコード進行がある。僕が音楽に目覚めたのは将来を嘱望されていた「卓球部」を辞めた時だった。
自分で言うのもナンだが当時の韓国チャンピオンが親善試合で日本に来た時に日本の中学代表、として相手に選ばれたのは僕で大会でも優勝して、1つ上の全国3位の先輩にも勝ってしまう、というほどで韓国のプロからは「君は韓国に来てプロにならないか?」と言われたり中1の段階で卓球の全国の卓球名門高校のスカウトが僕をチェックしに来てた。
でも僕はそれが「生意気だ」とのことで卓球部の先輩からリンチを受けた。ほぼ毎日、流血か痣を作っていた。挙句、顧問の先生とも喧嘩して辞めた。辞めてこれからどうしようかなぁ?などとあぐねていたらラジオからオフコースが流れてきて鳥肌が立った「僕もこういう人に感動を与える音楽を創りたい」と思った。でも当方の創る曲の感動はごくごく少数にしか伝わってませんが。