睡眠が充分に摂れていないせいで鬱状態。今日は通しリハは1回だけしか出来てない。一時は「俺ももう鬱病治ったかな?」などと思う時も最近はあったんだけどやはりまだまだ回復途上なのね。まぁ何せ座右の銘が「幸せを諦めて歌を書く」だからなぁ。こう言う時に実感する言葉です。本当に覚悟しなきゃね。明日はリハビリを兼ねてディズニーへ行く。それのどこが「リハビリじゃい!?」という突っ込みもあるだろうけれど何せ今年癲癇の発作で倒れて、あと鬱からくるストレスで背中の激痛で2回も救急車に運ばれているような健康状態でまともに電車にも乗っていないし、所謂本格的な「外出」をしていないのである。その「外出」をするためのリハビリでまずは楽しい場所を選んだだけ。2年前の会社員だった頃の自分が信じられない。でもあの時も「使えない社員」ではあったが…。まぁ今日に関しては完全なる「睡眠不足」。それに尽きる。こんな時には鬱病に罹る前の、それも一番楽しかった高校時代に聴いていたアーティストの曲をランダムに聴くのが一番。昨日、有り難いことにまた川崎のカフェでのLIVEのオファーを頂いたがそれは明日の自分の状態如何による。しかも時間帯もあまり身体の調子のイイ時間帯ではない。21日のLIVEはチャリで5分という近さだからナンとかなるし時間帯も昼間なので。ただこんな具合が悪い時にでも、少ないけれど僕の音楽が求められているというのを実感して感謝する。自分でやろうという時より誰かしらからのオファーを受けてLIVEをする回数の方が多くなったど、僕が歌を書き歌うのは他の誰でもない何より自分のため、である。良い歌を書きあげた時の達成感、カタルシスは今日みたいな鬱なんか軽く吹き飛ばしてしまう。変な話になるが以前も書いた「都内に住む霊能力者」の人からは20代の時に「貴方は書くために生まれた」と言い切られた。今はあまりそういう方面にのめり込んでいないがでも事実そうだと思う。昔は今ほど曲を書けていなかったけど今なら「曲を書くために生きている」とおこがましいけれど人に言える。だけど必ずそのことに感謝をし謙虚に生きるという事を忘れずにしておかなければならない。音楽ギョーカイがどうとかゲイノ―界がどうとか、そういう次元とは違う。少なくとも僕が経験した音楽ギョーカイやゲイノ―界と僕が歌を書くことは全く違う次元でのことです。書くために生きる、生きるために書く。まだまだこれからも僕の身体と心を通して生まれてくる曲はあるだろう。http://diskunion.net/jp/ct/list/0/72340933
「どこよりも誰よりも」作詞作曲;今村敦
随分昔の悲しみもしばらく忘れてた
安らぎに変わってゆくこの想いを
今日、この日に分かち合う
込み上げる涙は歓喜の涙へと移り行き
忘れ難きこの想いを踏みしめて噛みしめる
どこよりも安らぐ、この場所、ささやかに日々を重ねて
誰よりも安らぐ貴方とふたりで、今日、ここから歩きたい
永らく続いた、痛みの日々もいつの日にか
遠い過去に変わってゆくその想いを、
今日この場所に、記したい捨てきれぬ
悔しさや割り切れぬ惨めさはいつの日にか、
遥か地平へ、流されて、消えてゆく
どこよりも優しい、この場所、穏やかに時を刻んで
誰よりも愛しい貴方とふたりで、今日、ここから歩きたい
どこよりも安らぐ、この場所、ささやかに日々を重ねて
誰よりも安らぐ貴方と2人で、今日ここから歩きたい、
今日ここから歩きたい、今日ここから歩きたい
「どこよりも誰よりも」は
で聴けます。恩ある知人の結婚式のために作りました。