🥚皮下にトンネルを作って生息

🧺ちっちゃな虫が巻き起こす大騒動

 

🌿今から30年ほど前、40代の私は、特別養護老人ホームに勤務していた。

 

🏘当時の高齢者福祉の分野は、自治体が判断して福祉サービスを利用できると言う、措置と言う制度であった。🦽

 

🧎また、まだまだ、高齢化率も、それ程高くは無く、施設利用者も介護度が重度な方は少なく、職員も人員配置に比較的余裕があった。🌿

 

⛲️しかし、そんな時代でも、一旦、感染症が蔓延すると、生活は一変した。

 

🌏スペイン風以来の、パンデミックの今日のコロナ禍は、人類がいつの時代にも、感染症との闘いを余儀なくされるリスクがある事を意識させられる。

 

🏃‍♀️私の介護職現役時代も、常に感染症を意識しながら仕事をする日々であった。

 

⚡️そんな緊張感も要求される職場で、ある時、疥癬が蔓延した事があった。

 

☄️疥癬とは、ヒゼンダニというダニが、人の皮下にトンネルを掘り、卵を産み、爆発的に繁殖し、人から人へ広がって行くという感染症である。⛏

 

🔗指と指の間の柔らかい皮膚から侵入しやすく、身体中どこにでも卵を産み付けるのだ。

 

🦠また、とんでもない痒みをもたらし、痒くて夜も眠れず、始終身体を掻きむしると言う事になる。

 

🛁このダニを退治するには、卵から孵ったダニを、ひたすら身体から取り除くと言う事である。

 

👨‍🦳感染した高齢者は、毎日硫黄分が含まれる薬液入りのお風呂に入れられ、

毎日隅々まで掃除した室内で、🧹

天日干しにした寝具に寝かされるのではあるが、🛏

 

🧴孵ったダニが完全に取り除かれるまでには、かなりの日数がかかり、

施設内は、日々おおわらわの生活になる。🚿

日々の業務の他にダニ退治の仕事も加わり、皆疲れ果てる。🧽

 

👨‍🦳🧑‍🦰高齢者だけでは無く、職員も感染する場合があった。

お世話をする時に接触感染するのである。

何人かの職員が感染し、入院した人もいた。🛏

 

👱当時、中学生と小学生の3人の母でもあった私は、絶対に感染し無いと心に決めていた。

👟仕事から帰宅すると、玄関で、身につけている全てを脱ぎ、

ビニール袋に入れ、洗濯機に直行。🧼

毛髪一本も見逃さないぞと言う覚悟で洗浄。🚿

私もそのままシャワーを浴びて、やっと一息つくと言う日々。🛀

 

⛲️これが功を奏したのかは定かでは無いが、無事感染を免れたと言うハラハラドキドキの思い出である。☕️

 

🏥ちなみに、コロナのマスクを探し歩いた薬局の片隅にも、ムトウハップと呼んでいた

あの時の硫黄薬液剤があったのを見て何故か懐かしい気持ちになった。🧪

 

🌿この入浴剤が効果があったのかどうかは、医療者ではない私にはわからないが。

 

🏢その後勤務した大学の学長であった0先生は、公衆衛生の分野がご専門だったが、

よくこう言っておられた。

 

🦠人間は太古の昔から現在、そして未来と、細菌やウイルスとの闘いの中で生きて行くんだと。

 

🩺今、生きておられたら、このコロナウイルスをどんな風に表現されたかなあ、なんて、ふと思ってしまう。🌳🪲