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今年も終わりが近い

何気なく生きていくと幸せが何かわからなくなる

幸せなことは当たり前になりすぎてしまった

自分が愚かなことは自分が一番知っている

今は自分が正しいと信じて前に進めば良い

それだけのはず

間違いに気づいても無視してはいけないのに

過ちをまた繰り返している

嗚呼

異なる

痴呆になる人とならない人の違いは

忘れることができるかできないか

人は観たこと聞いたこと感じたこと全てを脳みそに記録する

その内容は消えない

簡単に言えば脳みそには引き出しがあって多くの人は一つの引き出しに詰め込む

結果引き出しが壊れる

これが脳みそ自体を壊す

痴呆にならない人は不必要な情報を普段使わない引き出しに入れて必要になったは開ける

教授(大学の先生)と教諭(小中高校の先生)の違いもそこに属する

教授は不必要なことは抱え込まない

しかし合理的につまり客観的に結論を出せる

教諭は全てを抱え込む

しかしそれは本人の主観が結論をだすので正当性に欠ける

ようは自己満足なので他人には教諭は他人でしかなく

手本にできない

自分の意見を押し付けることで様々な意見から自分を見つめ治せない

つまり引き出しを整理できない

理系も文系も同じ

他人を自分だと思って他人に理解してもらうには理由が必要

ルールがなぜあるのか?

なぜこのような内容なのか?

誰のために?

誰が決めた?

常識な理由は?

子供もわかるのならなぜ今あなたは生徒に説明しているの?

話はそれたが
現代の教諭は教育論を論じれない

なぜか?

知識の引き出しを一つしか有していないから

すでに痴呆が始まっている三十代前半の教諭が多いように思える

果たして義務教育は公立の学校に任せられるのか

将来生まれるであろう子孫には自由で奇抜な発想力を鍛えられる環境に生まれてほしい

苦悩


前向きな思考を持つ人には悩みなんてないだろうと

ある人は言った


でもそれは違う

前向きなのは日々折り重なる苦痛を忘れるための手段

誰もが何かしら痛みを持っている

楽観的だなんて

言わないでくれ

影で前向きな彼等は悩んでいるのだから

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