懐かしの60年代その2
『寺内タケシ兄貴はエラカッタ!!』
2. ピンク・フロイドより進んでいた?
寺内タケシさんは1939年生れといいますから戦時中はまだ6才ぐらい。それがですよ。空の要塞と言われた米軍のB29 がゴーゴーと東京に向かってゆくその下でギターをテケテケ鳴らしていたというからエライ。

弦の音を電気的に増幅するという発想が6才の子の頭に浮かぶものか。

まっ、よーく考えるとはなはだ眉唾な話ではありますが、こういうマコトシヤカナ伝説が生れるところがまたエライ。なにしろ電線の下を通ると魂が吸い取られると言われた時代です。なーんて。そんな古くはないか。

ストーンズが初めてのレコード『テル・ミー』を録音したとき、マネージャーのアンドリュー・オールダムがエレキギターのジャックを持ってウロウロした挙げ句、壁のソケットに突っ込もうとした。それを見ていたブライアン・ジョーンズは、以来、このマネージャーがすっかり嫌いになったなんて話もある。それくらい電気に弱いヒトはヨワイ。寺内兄貴のエラサが身に沁みてわかります。

そのうえに、寺内兄貴はピンクフロイドよりもさらにススンデいた。ピンクフロイドが大型のアンプを使って空襲まがいの轟音をまき散らすようになるのは、兄貴が茨城県民を震え上がらせてから20年以上もあとの1960年代後半です。

ピタゴラスは“我に梃子を与えよ。しからば地球を動かさん”と言ったそうですが、兄貴にピンフロより先に大型のアンプを持たせたかった。そうすれば世界のロックシーンは変わっていたかも、なあんて、ことはないか。

1960年代の後半。ビートルズ、ストーンズ、アニマルズ、ザ・フーと伝説のバンドが輩出するなかで、寺内タケシ兄貴は日本のオーディエンスの記憶に今も残る快挙を成し遂げた。

日本の音楽雑誌が編集した読者アンケートで作る『ギタリスト、トップ10』という企画で、みごと世界第10位に食い込んだんですねぇ。当時のグラビア・アイドル、杉本エマや秋川リサのビキニの食い込みよりもずっと価値があると言われたもんです。

60年代最高のグラビア・アイドル
杉本エマ



[続く]