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1人の男が一生のあいだに千人の女性と性的関係を持つ。男の生殖年齢を50年と仮定すると、平均して1年に20人。妻も子供もいる普通の結婚生活との両立は決して不可能ではない。

だが1万人となると・・・・平均して1年に200人だ。これだけの数の女性と性的 関係を持つ男に普通の結婚生活が送れるだろうか? いや、それは無理だろう。ワ タシの常識が言う。

ところがジョルジュ・シムノンは普通に結婚し、家庭を持って子供もいた。いや いや、それは外見だけで、その結婚生活には外からは窺い知れないものがあった はずだ。ワタシの常識が囁く。

では、シムノンの結婚生活はどういうものだったか。

資料によると、彼は20才で初婚。36才の時に長男が生まれる。この結婚生活。や はり普通ではなかった。妻のほかに、秘書の女と女中とも彼は関係を持つ。言わ ば妻妾同居だ。次男が生まれたのは彼が46才の時。翌年、最初の妻と別れ、次男 の母親、秘書のデニーズと再婚する。

50才で長女マリーが誕生する。56才で三男が誕生。その2年後、新しい使用人の 女が雇われる。シムノンは彼女とも関係を持つ。デニーズはアル中の治療のため に入院する。

・・・普通ではない。だが、ここまでなら想定の範囲内とも言える。しかし・・・やはり事件は起こる。


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1977年、シムノンは「レクスプレス」誌でフェリーニと対談。1万人の女と関係を持ったと語る。これは当然、フランス中にセンセーションを巻き起こしたでしょうね。


すでに別れていた2度目の妻のデニーズ。彼女に何かを語らせよう。メディアの一部がそう画策するのも無理はない。翌1978年、彼女は回想録を出版する。本の題名は「猫に狙われた小鳥」。


同年5月。デニーズとの間にできた娘、マリーが自殺する。


シムノンの年譜を見ると、1965年に彼が娘のマリーとイタリアのフローレンスに旅行したとある。マリーが12才の時だ。


フローレンス。我々にはフィレンツェという名のほうが馴染みが深い。ミケランジェロ、ダビンチ、ラファエロ。ルネサンスの美術は小鳥を誘惑するための罠だったのか。


1981年、彼は「私的回想」を発表。娘のマリーを死に追いやったのはDだと書く。デニーズのことだ。

1989年、シムノンはあの世に旅立つ。

真相は闇の中だ。[続く]