『苦難にある人を救い出し、金品に困っている人を援助するということでは、仁者も学ぶ点があり、信頼を裏切らず、約束にそむかないということでは、義人も見習う点があろう。ゆえに遊侠列伝第六十四を作る。』
司馬遷
『苦難にある人に同情し、金品をみだりに求めることもなく、身の丈の幸せを喜び、名を知られることなく生きることを厭わない。彼らこそ社会の礎えである。千閣乃公園に集う人々の素顔は現代日本の縮図であろう。ゆえに/千閣乃公園の人々/即ち園客列伝を作る。』

by 70rock


園客列伝の2 『パン中野選手』


1.光速の希少動物

あなたはパン中野選手を見たことがありますか?

千閣乃公園の常連の方たちに尋ねたとする。私の推定では、おそらく10人が10人、知らない、見たことがないと答えるはずです。それくらいパン中野選手に出くわすのは難しい。一説にはヤンバルクイナを目撃するより困難と言われています。希少動物だ。絶滅危惧種です。

千閣乃公園裏管理人である私70rockでさえパン中野選手を見たのは数えるくらい。正確に言えば2回だけです。

彼を見た、と自分は自信をもって言えるか。あれで見たと言えるのか? 時折り自問自答するほどです。

なぜなら、パン中野選手は2回とも、マウンテンバイクに跨がって私に風のように近付いてくるや風のように去っていったからです。なにか光るものが近付いてきたな。思った瞬間、シュッという音だけを残して私とすれ違っていった。振り返ったときには道の角を曲がって消えていた。上体を斜めに倒した見事なコーナリングです。オートレースに出したいくらいだった。


だからどんな顔をしていたかもよくわかりません。私が子供のころに3軒隣りに住んでいた渋谷さんに面影が似ていた。そう書けば分かってもらえるでしょうか。わかるはずないだろう? 仰るとおりですが、それはあなたの責任だ。私の責任じゃありません。

しかし。パン中野選手の魅力は顔ではない。その神速。光。肌色のヘルメット。太股を被うぴったりした黒いタイツ。サドルから持ち上げられた2つの山を持ったお尻です。

年齢はおそらく還暦を過ぎている。それでいてマウンテンバイクに跨がり、私の体感速度によれば時速約40キロで走り去る。100メートルの金メダリスト、ボルトより速いタイムを自分の足で叩き出している。園客列伝に加えないわけにはいかない。[続く]

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