さてと。モモジが塀を越えて隣の房に行けるはずはない。そんなに簡単に行ける なら、そもそも塀の用をなさない。
では雌コアラをいつのまにか妊娠させた強(ごう)の者、いや強のコアラは誰か。
普通、コアラの繁殖には人手が必要だそうです。サラブレッドのように人が手伝 ってやらないとうまくいかない。
ところがプレイボーイのモモジは違う。ほかの雄よりも体が大きくて美形のモモ ジは繁殖用としてあちこちの動物園に貸し出されていた。習うより馴れろ。モモ ジはいつかコアラ界では名うての寝業師として知られるようになる。人の手助け なしで起承転結、惚れ惚れするような模範的交尾ができたそうです。
犯人、いや犯コアラはモモジ以外にない。飼育係は確信した。ではモモジはどう やって房を隔てる塀だか壁だかを乗り越えたのか。
飼育係が家政婦だったらねぇ。現場を見てたかも知れないんですが、彼は見てな かった。しょうがない。飼育係を始めとする動物園の関係者はさっそく調査を開始した。
コアラには人間と同じように指紋があるそうです。で、塀だか壁だかに付いている指紋を調べた、ンなことないか。
仮に本当に調べたとしてもですよ。もともと繁殖期には行き来してるわけですか らね。モモジの指紋は隣りの房にベタベタ付いてたでしょうね。[続く]
(7)
この捜査。「刑事コロンボ」に似てますね。犯人は最初から分かっている。問題 はモモジがどうやって隣りの房に行ったのかだ。
コアラの和名は袋グマまたは子守グマというそうです。木登りは得意でも、猿じ ゃあないですからね。ロープを伝って向こうに下りるなんて芸当はムリ。
コアラ舎にはユーカリの木が植えられている。でも枝の先は隣りの房まではノビ ていなかったそうです。たとえ枝を伝っていってもですよ、途中で枝が折れて地 面に転落。モモジのほうがノビてしまう。
コアラ舎を隅々までくまなく点検してみても、地面にトンネルを掘った形跡はな い。第一、そんな体力はモモジにない。捜査は完全に行きづまる。この事件、迷 宮入りの様相を見せてきた。
あぁ、飼育係は溜め息とともに空を見上げる。
こよなく晴れた青空を 悲しと思う切なさよ
と、この時。青い空のキャンバスにパラパラと胡麻をふりまいたような影。雀が何羽か飛んできて竹にとまるとチュンチュン鳴いた。
これが天の啓示というもんなんでしょうね。
途端、麻雀好きの飼育係の頭にピンとくるものがあった。チュンか。これで一翻 ついた。安いけど上がっとこう。じゃなくて。
あっ、そうかぁ、竹を使ったんだ、モモジは。[続く]
(8)
竹に雀は付き物。竹に雀は上手に止まる、なんて歌もある。 梅に鶯も付き物ですね。shogyou123さんは鶯の初音を聞いたっけかなぁ、なんて 思ったり
してる場合じゃないですよね。
日本の竹は柔軟で強いとの折り紙つきです。ヒットラーの時代のベルリン・オリ ンピック。
大会の花、陸上の棒高跳びで西田選手と大江選手がアメリカのメドウス選手と5時間にわたる死闘を繰り広げる。夜間照明まで入った。そして銀と銅の栄光のメダルを獲得する。
その後、二人はメダルを半分にして接ぎ合わせる。友情のメダルとして教科書でも皆さん、よーくご存じのはず。これも日本で育つ竹が優秀だったことが一因と言われてます。
モモジはそれを知っていた。で、コアラ舎の太い男らしい竹に目をつける。選んだ竹をノコギリでギコギコ切ると、枝を落として立派な棒高跳びのポールにしたてあげた。
そして真夜中。月も中天にさしかかった頃でしょうね。月も朧に白魚の・・・うそぶきながら、千両役者のモモジ。見ると胸のゼッケンはユニオンジャックに南十字星。言わずと知れたオーストラリア国旗です。 手のひらにペッと唾をくれると、タタタタタタタっと走り出し、塀の手前でボールの先をぐさりと地面に突きさした。
と、モモジの灰色の体はみごと空中に舞い上がり、そのまま鮮やかな放物線を描 いて塀を越え、身悶えしながら待つ雌コアラの目の前に着地・・・・・
「待ってたのよ」と泣き崩れる雌コアラ。それをモモジは毛だらけの胸に優しく かき抱き・・・・なんてこと、あるはずないです。
ワタシはですね。昨日のブログでもう答えを書いたつもりでした。竹を使ったと書けば、皆さん、はーん、そうか、竹登りをして適当な高さまでいったところで 前後に竹を揺さぶる。で、反動を利用して隣りの房に下りたってわけだ。
っと、まあ、そのように納得していただけると思っていたんですが。ワタシが話を引っ張りすぎたせいか、皆さん、物事を難しく考えてしまったようで。
なーーーーんだ、そんなコトかよ。人騒がせにもホドがあるだろうよ、なんて非難の合唱が聞こえるような・・・
いや、もうワタシ。皆さんのコメントを読みまして、昨日は朝から身の置きどころもない気分。スミマセンでした。他愛ない結末で。そんなに無理に話を引っ張ったつもりはないんですが。
とにかくですね。新聞記事によりますと、動物園の関係者も色々と可能性を考えたそうです。その挙げ句、ワタシがいま書いたようなことだったであろう、と。 そういうことに落ち着いたようです。まっ、周囲の状況から考えるとそれしかない、ってことでしょうね。
[まだ続く。あとはエピローグです]
(9)
それにしてもモモジ。天晴れ、男の本懐を遂げてからの死。オーストラリア生まれとはいえ、やることは大和オノコであった。
寝ぼけた顔をしていてもヤルときゃヤル。昼行灯(あんどん)と綽名されていた大石蔵之助にそっくりではないか。
ところで、竹を伝って雌コアラとの恋を成就したコアラの話。ワタシはこれを新 聞で読んだんですが、これがモモジかどうかは実は分からない。
このシリーズを書き出す前、ネットで検索していると次の記事にぶつかった:
「モテモテコアラ」モモジ逝く 王子動物園
各地で繁殖に貢献したコアラのモモジ。惜しまれて死亡
国内で飼育されるコアラの“少子高齢化”が進む中、各地に出張し、八頭の赤ち ゃんの父親になるなど繁殖を成功させてきた神戸市立王子動物園(同市灘区)の 人気者、「モモジ」(雄、十歳)がこのほど、人間のがんにあたるウイルス性リ ンパ腫で死亡した。同園の要望を受け、十二月にも多摩動物公園(東京都)など で生まれた二頭のジュニアが王子動物園にやってくるという。
ワタシが新聞で読んだコアラは: 1.癌性の病気に罹っていた。2.繁殖用としてよく余所の動物園に貸し出された。3.だから子沢山であった。
記憶に残っているかなりの部分がモモジのデータと符合する。ですから、竹を伝って最後の遺伝子を残したコアラがモモジだという自信はかなりあります。
最後に、コアラが三大珍獣の座から外されたという話について少し書いときましょう。60~70年代にはパンダ、コアラ、オカピが三大珍獣だった。それが今ではコビトカバに珍獣の座を奪われたそうです。
モモジの弔い合戦だ。ナントカしてやらにゃいかん。まずはコアラが外された理由を知らねば。そう思ってネットを調べると、これはこれで面白い話があった。
『新明解国語辞典』や『反コアラ連盟』なんてのも出てくる。どうです。なんか安部公房の小説みたいでしょ? 少し長いですが、なかなか興味深い。サービスにURLを貼っときましょう;
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/3578/chinjyu2-koala.htm
では、これにてモモジのお話はお終いです。
[完]