その日、僕はケンティッシュ・タウンのフォーラムの脇に沿って歩き、ニュー・オーダーの機材を運ぶ大型トラックを過ぎ、後ろの扉からホールの中にさまよい入った。

ハエが群れになって僕の顔に襲いかかり、リードショットのように顔に当たり、狂った輪のようになりながら飛びまわる。ここにあるトイレほど不潔で胸の悪くなるシロモノはない。こんなものを見つけるなんて、ここのハエの奴らの運の良さは信じられないくらいだ。

ここの会場は 1918-45年代の雰囲気、外観、それに装飾だった。ステージは沈み込んでいる床から5フィート以上のところにある。ここの床が沈んでいるのは、その後ろの床が盛り上がっているからだ。床には手すりが列になって通っている。上にはバルコニーがある。その飾りは何か居心地の悪い脅すような感じで冷たい灰色の石にのしかかり、目がまわるほど高い天井の下から僕を威嚇してくる。

彼がいた。そこは半分ほど闇に沈んでいた。僕はピート・フックに近寄った。少し背は低いが頑丈なベーシストだ。

彼は僕が期待するようなプレイはしない。でしゃばらない人柄。一見すると彼は何に対しても誰に対してもゴキゲンなように見える。そんな彼が、僕が表したこともないし表そうと思ったこともないような、感情を剥き出しにした音楽をやるなんてほとんど想像できないことだ。

これが僕の心をむせび泣きさせる音楽、僕に勇気と大胆さを与えてくれる音楽をやる男だなんて、とても信じられない気がする。

ステージでは彼はベースを膝のあたりまで下ろし、弦に指が届くように極端な内股で立ってベースを弾く。まるでガン・ファイターのように。

ほぼ演奏の間じゅう、彼は背中をオーディエンスに向けている。イアン・カーティスが自分自身で作り上げた拷問室に対する切り離された壁のように。

僕は尋ねた。「彼が君に影響を与えことはあった? 何かのことでイアンが君を悩ませたことはあったかい?」彼は座ってベースのチューニングに余念がない。

僕は彼に迫った。「イアンがファンタジーに生きていて、ある種の結論まで行ってしまうかもしれない。そんな恐れを感じたことはあった?」

彼はまったく人を寄せつけない感じで、自分の人生のすべてをリキッド・ゴールドのバッキング・トラックに費やすんだと決めているようだった。自分の楽しみに打ちこんでいるという様子が、彼のイアン・ボサム似の顔だちに永遠に明滅しているかのようだ。(イアン・ボサムはイギリスの有名なクリケット選手)

僕はもう1度聞いてみた。「"A Loaded Gun Won't Set You Free... So You Say"のような詩を見て、何か心配したりはしなかった?」

ピートは溜め息をついた。「さあね。俺はただ演奏していただけさ。奴は詩を書いて、歌う。俺はいつも奴にそんなに注意してたわけじゃなかった。実際のところ、注意しようったって出来なかったしね。みんな自分の持ち場で手一杯だったんだ」

「彼の心がおかしくなってるって感じたことはあった?」彼はちょっと吹き出すと、うすい笑いを見せた。物事を真剣に受け取るまいとするかのように。そして自分のペースを指で弄び、面と向かって説明するのを避けようとする。

「なあ。もしかすると奴が上のほうかどっかにいてさ、俺らを見下ろしながら、俺たちはなんて馬鹿なんだろう、なんて思ってるかもしれないよ」彼は無精髭を手で撫でまわした。彼の髭はここ何週間かで立派な顎鬚にまで伸び育っていた。「とにかく、誰の基準から見て奴の心がおかしくなってたって言うんだい?誰だっておかしくなってるじゃないか・・俺だってそうさ!」