尊敬するスポーツ選手④
マルコ・パンターニ
イタリアの自転車競技の選手です
風貌はスキンヘッドにヒゲのスタイルで
山岳コースが得意な選手なのに『海賊』や
自分の走りに求道的な人で『走る哲学者』
などの愛称が付いていました
僕が彼に魅了されたのは、そう!!
98年のツール・ド・フランス!!!
彼は、98年にツールとジロの二つの大会を
制覇し『ダブル・ツール』を達成します
98年は彼のキャリアの中でもピークでした
その年のツールでの走りを思い返すだけでも
胸は高鳴りを抑えられません
ピレネーやアルプスの山々を駆け上る姿は
まるで、その背中に白く美しい大きな翼を
羽ばたかせて飛んでいるようでした
僕のイメージの中に残る彼の姿は
もう、どのステージかは忘れてしまいましたが
確か山頂にゴールが設定されていたと思います
最後の山の麓(通常1ステージでいくつも山を越えます)
誰かがアタックを仕掛け集団から抜け出そうとする
集団も逃がしまいとスピードをあげる
集団はスピードを上げながら山を登って行きます
最終的に優勝候補達ばかりが残り先頭集団を形成します
そこで、パンターニが仕掛けます!!
他の優勝候補達も負けじと着いて行きます
その道は、日本で言うと日光のいろは坂の様な九十九折の道
しかも、いろは坂なんか目じゃないくらい急な勾配
歩いて登るのすらキツイ道
それを、パンターニはカーブの入口より出口の方が
スピードが上がっているんです!!
1カーブ毎にライバル達は一人減り、二人減り。。。
パンターニのステージ優勝!!
そして、そのままダブル・ツールに一直線に進んで行く
僕には衝撃的でした
あのレースは誰が見てもその心に
大きな衝撃と感動をもたらす事でしょう
だけど、やはりそこは彼のキャリアのピーク地点
そこから転げ落ちる転落してしまう
次の年のジロ・デ・イタリア
彼は抜き打ちのドーピング検査において
赤血球の濃度がUCI(国際自転車競技連合)
の規定をオーバーしてしまい出場停止に
2001年、ドーピング疑惑が再燃するが
本人は一貫して否定しますが
2003年まで出場停止処分に
2003年、ジロで14位になり、ツールへの出場も意欲的だったが
突如として彼は、チームメイト達の前から姿を消します
2004年2月14日夜9時30分、イタリア北東部リミニのホテル
『Le Rose』の5階 5-D号室の床に倒れて
死亡している所を発見されます
死因は、コカイン中毒により脳と肺に出来た水腫が原因
当時、ロードレース界にはドーピング問題が蔓延していました
ロードレースは一日で
山岳コースなら150km ~ 200km
平坦なコースなら250km ~ 300km
を走ります
ステージレースなら、それが
最長で27日間(休養日は1、2日)続きます
レース中も通常なら甘過ぎて食べられないくらい
高カロリーな物を摂取しなければ走りきれない
ぐらい、過酷なスポーツなのです
パンターニは
ロードレース界からは、才能を奪われ
家族からは、財産を奪われ
マスコミからは、自由を奪われ
神経衰弱とコカイン中毒の中
一人寂しく孤独な死を迎えます
その悲報はイタリア全土のみならず
ヨーロッパ全土に大きな波紋を呼び
故郷での葬儀には、数千人の参列者が集まったそうです
でも、彼は今でも僕の心の中のヒーローであると同時に
イタリアでもヒーローなのです
故郷には彼の銅像があり
毎年、メモリアルレースが行われているそうです