韻を踏むって。。。
少し前にラップのリリック書けたら良いな~
と思って韻を踏むのをちょっと勉強した事が
あるんですけど。。。
まぁ挫折しましたけどね(笑)
ようは、韻を踏んで作詞するのって
難しいなって話です
お勉強した時に『日本語脚韻研究室』って
サイトを見てお勉強しました。
じゃあ、本題
HipHopが広まった時に、韻を踏む作詞って
のが入って来た時に
おっ!新しいって感じでしたよね?
日本の歌の詩じゃなく、文学の詩の世界で
韻を意図的に踏んで作詞する文化って
日本はあまり進んでいませんよね
それって日本語が韻を踏みつつ
キレイな詩を作るのが難しい言語だからです
日本語で聞く側に脚韻を踏んでるって
わかるようにするには
最低でも末尾一音とその前の一母音を
合わせる二重韻である必要があるみたいです
しかも、短歌、俳句、都々逸などの和歌のように
七五調にした方がさらに韻を踏んでるって
認識し易いみたいです
ラップで母音だけ同じ韻は聞く側には
認識し難いようです
英語やその他の言語の場合は
イントネーションの部分で韻を踏んでも
聞き手は認識出来るみたいです
日本語だとそれが出来ないので
必然的に日本語の場合は自由度が
奪われ作詞し難くなるんです
だから、日本では押韻詩の文化が
広がっていないんです
ただ!!聞き手の認識を除けば
日本語は世界の言語の中で
一番母音の種類が少ない言語なんです
だから本当は簡単に韻は踏めるんです!!
ここからは
HipHop界のパイオニア いとうせいこう氏の
HipHop論を自分なりに消化した事になります
いとうせいこう氏は当初、韻を踏む事はダサイ事
だと思っていたそうで
HipHopは音楽的には革新的なモノなのに
リリックは韻を踏むと言う昔からある
古臭い方法を用いているから
ただ、さらに考えると
日本では伝統的に押韻詩の文化があまり無いので
逆に韻を踏んだ方が革新的なモノになるのでは
と押韻でリリックを作る事にしたそうです
現在、韻を踏む文化やラッパーの実力が上がってきたので
もう、押韻詩は古い臭いモノなのだから
韻を踏んでなくっも良いんだよとの事
日本人にはHipHop文化というのは
とっても合っているモノなんです
日本には『取り合わせ』の文化があります
取り合わせとは、何には何が合うって事
雪月花って美的意識があるじゃないですか
例えば印籠
印籠に猿の絵が描いてあるとして
根付(今で言うストラップ)が栗の形になっている
コレで秋の山を再現しているんです
日本は昔から取り合わせのセンス(いき)を競ってました
あと、和歌には『本歌取り』ってのがあります
本歌取りは昔の歌を引用する技法です
『取り合わせ』『本歌取り』はHipHopで言う
サンプリングってヤツですね!!
俳人 金子兜太氏曰く
俳句は韻の塊!!
俳句(日本語)では脚韻は踏まないし
頭韻もそうそう気にしない
なぜなら、俳句は全体が韻の塊だから
例えば
かきくえば かねがなるなり ほうりゅうじ
『かき』と『かね』で、かで頭韻踏んでます
なるな『り』と、ほう『り』ゅうじ
の部分で口に出すと気持ち良い響きになってると思います
いとうせいこう氏は
日本語は口に出して気持ち良いように
心地良いように滑らかに作詞をすると
自然と韻は踏めている
逆に韻を考えすぎると日本語の音の良さを
阻害する事になるんじゃないのか
押韻から開放されて
音の気持ち良さ、心地良さを追求して
リリックを作ると日本語ラップが
英語詩から離れて新たな進化をする事に
繋がるのではないか