何かの事象に対する心の反応が、

ほんとうに自分の感じたことなのか?

 

私にはわかっていなかったんだと

今朝、ハッキリ分かりました。

 

 

おはようございます爆笑

 

 

 

 

 

何かを見たとき、聴いたとき

何かに触れたとき

 

 

カッとなったりイラっとしたり

悲しくなったり、ざわざわしたり

逆に、急激にテンションが上がったり

 

 

それって、自分の感情じゃないのかもしれない。

 

 

自分の中に入り込んでいる、自分以外の価値観のフィルターが反応しているだけかもしれない。

 

もしくは、自分以外の価値観への抵抗を起こして反応しているだけなのかもしれない。

 

 

振り返ると、私は

ずっとこれらの反応で生きて来たように思うのです。

 

 

 

 

自分本来のものじゃない影響(価値観)を

自分の中からどんどん追い出して行ったら

静かな自分の感覚があって

平穏でゆっくりした流れがそこにあるのを感じています。

 

 

そこでは

うれしいことも、そうでないことも

とてもゆっくり、じんわりと感じられていて

 

 

ああ、この感覚は間違いなく自分が感じているものなんだ

と、実感しています。

 

 

 

物心ついたころからずっと不安な感覚の中で生きて来て

脊椎反射のように(笑)物事に反応し、行動してきた私にとって

この感覚はとても不思議な感覚です。

 

周辺ペースと自分ペースの違いみたいな。

 

 

 

 

 

心を揺さぶるような騒がしい不安な感情や不快な感情は

自分のものじゃないかもしれない。

 

静かでシンプルな快・不快な感覚、

それ以上でもそれ以下でもない感覚こそが

 

本来の自分のものなんじゃないかと

今の私は思うのです。

 

 

 

昨夜の豆まきのおかげかな

節分スゲー(笑)

 

自分の感覚ではない鬼は外、

自分本来の感覚の福は内

ですな♡