http://www.youtube.com/watch?v=pH7wIcZi88c


今晩は! まずは、今年のカープの活躍を上のホーム


ページで振り返ってみましょう!


来年こそは、横浜ベイスターズの名選手であった石井


琢朗さんの加入と、若手のさらなる成長、投手陣の安定


したピッチングを目指して、新球場での活躍を期待して


います。 願わくば、久しぶりの胴上げを見させて頂きた


いところです。



さて、今日もですが、私の大好きな相田みつをさんの詩を


抜粋したいと思います。


『にんげんだもの』の本の中から、ひとつの詩を紹介します。


くるしいことだって


あるさ 人間だもの


まようときだって


あるさ 凡夫だもの


あやまちだって


あるよ おれだもの


           みつを


この詩を読んでみて、まず思ったことは、誰にだって、いつもが


楽しいことばかりではないし、良いことばかりでもないはずだと


私は思っています。


むしろ、辛いことや苦しいことのほうが多いのかもしれません。


しかし、そんな辛いことも、苦しいことも、私にとってみれば、今が


試練なのかもしれません。


逃げることは簡単なのかもしれませんが、この試練を自分なりに


超えることができれば、自分自身にとってプラスになると考えます。


そして、永遠に辛いことばかりではないとも思っています。


楽しいこともあれば、苦しいこともある。


だからこそ、人生は面白いのかもしれません。



失敗があったっていいじゃない


にんげんだもの


2度とあやまちを繰り返さなければいいじじゃない


人生勉強だもの


相田みつをさん、スイマセン!


変な詩をアレンジしてしまって…苦笑。


それでは、このあたりで失礼します。


(追伸)上のホームページで流れているレミオロメン


の曲のタイトルがわかる方がいましたら是非、教え


てください。 宜しくお願いします。





今晩は!


私自身、相田みつをさんの詩を読んでいると、心が和み


癒される気持になります。


そこで、今日もですが、相田みつをさんの詩の中の一つ


を抜粋しました。


相田みつをさんの本『にんげんだもの』(文化出版局)


定価1580円(税込)より、「トマトとメロン」をレスポンス


したいと思います。


 トマトとメロン


トマトにねえ


いくら肥料やったってさ


メロンにはならねんだなあ


トマトとね


メロンをね


いくら比べたって


しょうがねんだなあ


トマトより


メロンのほうが高級だ


なんて思っているのは


人間だけだね


それもね


欲のふかい人間だけだな


トマトもね  メロンもね


当事者同士は


比べも競争もしてねんだな


トマトはトマトのいのちを


精一杯生きているだけ


メロンはメロンのいのちを


いのちいっぱいに


生きているだけ


トマトもメロンも


それぞれに 自分のいのちを


百点満点に生きているんだよ


トマトもメロンをね


二つ並べて比べたり


競争させたりしているのは


そろばん片手の人間だけ


当事者にしてみれば


いいめいわくのこと


「メロンになれ メロンになれ


カッコいいメロンになれ!!


金のいっぱいできるメロンになれ!!」


と 尻ひっぱたかれて


ノイローゼになったり


やけのやんぱちで


暴れたりしているトマトが


いっぱいいるんじゃないかなあ



この詩を読んで思ったことは、「自分自身が憧れている人


のようになりたい」だとか「もっと○○さんのように、カッコ


良い姿や顔になりたい」…など、人それぞれあると思いま


すが、それは、自分自身のもって生まれた外見だけを気に


し過ぎているだけなのかもしれません。


両親に、どれだけ苦労をかけて育ててもらったことを考えれ


ば、折角のありのままの自分なのであるから、素直に受け


止めるべきだと私は思っています。


人間としての外見だけがひきたったとしても、内面が悪けれ


ば、魅力的な人間ではないと私は考えています。


野球にたとえても言えることだと思いますが、チームには、


ホームランが打てる人もいれば、守備がうまい人、足が速い


人、チームを盛り上げてくれる人…などのそれぞれの能力が


あってこそ、チームがまとまるのだと思います。


みんながすべて、4番打者だったり(ホームランバッターばかり)


すべてが良いことづくしでは、どこかで歯車が噛み合わなくなる


と私は思っています。


だからこそ、今の社会には、その人その人の個性を活かした教


育や仕事を続けてもらえるようにしてもらいたいと私は考えてい


ます。


私にとっては、また、難しい、支離滅裂なことをレスポンスしてい


るかもしれません 苦笑!


考え方が、古臭いかもしれませんし、本当に堅苦しいかもしれま


せん。


そこが、自分自身の個性なのかもしれませんが…笑。


賛否両論あると思いますが、皆さんはどう感じ取れたでしょうか?


またまた、長文でスイマセン!


今日はこのあたりで失礼します。


明日も、皆さんにとって良い1日でありますように…。







今晩は!


今日も相田みつをさんの『一生感動 一生青春』


(文化出版局)の本の中から、”負ける練習”という


詩をレスポンスしたいと思います。


受け身・負ける練習


柔道の基本は受け身


受け身とは投げ飛ばされる練習


人の前で叩きつけられる練習


人の前でころぶ練習


人の前で負ける練習です。


つまり、人の前で失敗をしたり


恥をさらす練習です


自分のカッコの悪さを


多くの人の前で


ぶざまにさらけ出す練習


それが受け身です。


長い人生には


カッコよく勝つことよりも


ぶざまに負けたり


だらしなく恥を


さらすことのほうが


はるかに多いからです。


そして


負け方や受け身の


ほんとうに身についた人間が


人の世の悲しみや


苦しみに耐えて


ひと(他人)の胸の痛みを


心の底から理解できる


やさしく暖かい


人間になれるんです。


そういう悲しみに耐えた


暖かいこころの人間のことを


観音さま、仏さま、と


呼ぶんです。


そして、もうひとつの詩を紹介いたします。


七転八倒


つまづいたり


ころんだり


するほうが


自然なんだな


にんげんだもの


           みつを


この2つの詩を読んでみて、私が思ったことは、


”自然体”、”自分らしく”(または”あなたらしく”)


という言葉を最初にイメージしました。


人間、常に完ぺきな人間という人は、まずいないと


私は思っています。


確かに他人に、または好きな人に良いところを見せ


たいだとか、常にトップクラスの成績でありたい…など


誰にでも良いところを出したい。または、見せたいとこ


ろはあると思います。


決して、そのことは悪くはありませんが、常に自身に


意識づけるとどうなるでしょうか?


もしかすると、ある人は、プレッシャーになって、体調を


崩してしまったりすることもあると思いますし、ある人は


精神的に疲れてしまい、ノイローゼやうつ病になってし


まう方もいるかもしれません。


確かに、今の時代は”競争社会”、”勝ち組”、”負け組”


という言葉を耳にはしますが、果たして、何を基準にして


”勝ち組”、”負け組”なのでしょうか?


「給料を沢山もらっているから勝ち組」だとか、「大きい会


社に勤めているから勝ち組」…他にもあると思いますが、


このぐらいにしときますか。


あくまでも私の意見ですが、決して、どんな仕事をしていた


としても(または、どんな学校に行っていたとしても)、自分


自身が、そこで発揮できるのであれば、”勝ち組”だとか


”負け組”という考え方はないと私は思っています。


その仕事・学校・趣味などで、自分にとってのやりがいが


あるのであれば、ノープロブレムだと考えています。


人間、格好良いところばかりではないし、失敗して学び取る


ことが、かなりあると思います。


常に「格好良い」だとか「勝ち組」という考え方は、私にとって


プレッシャーにもなるし、「他人の気持ちを考えずに、自分勝


手な考えではないか」と私は感じています。


やはり、人間だからこそ、個性というものがあり、その人らしさ


というものがあって、長所もあれば短所もあるはずです。


私は、まだまだ未熟ではありますが、できる限り、「ありのまま


の人間」でありたいと思っています。


私の考え方に賛否両論があると思いますが、如何でしょうか?


本当にぎこちない、堅苦しい文章でスイマセン!


今日は、これにて失礼いたします。