なぜノーベル物理学賞を受賞した中村修二は、日本を捨て、米国に渡ったのか⁉︎日本を離れて14年、徳島県のサラリーマン研究者は米国の大学教授になっていた。

 中村修二さんは不可能に挑戦する男だ。20世紀中には無理と言われていた青色発光ダイオードの開発を大企業でも最先端の国家機関でもなく徳島の中小企業に勤めながらやってしまった。
 
 発光ダイオードで青色が難しいのは、世界の常識であった。だが、もう会社を辞める決断を下している男には恐ろしいものはない。目標は高いほど良い。

 目標を決めて取り組み始める。覚悟を持った目標は強い。逆に覚悟がない目標では大きな仕事に取り組めない。僕も正月に目標をいくつも立てるが大抵続かない(なんて意志の弱さだ)。
 
 窒化ガリウムは誰もやらないからで、いわば逆転の発想である。誰もが難しいという窒化ガリウムのことを考えるのだった。
 
 誰もが否定的に考えている素材に目をつけるところが中村博士のすごいところである。若い頃は実験や開発よりも理論を目指していたにも関わらず、実践主義になって自分のよく知るガリウムに目をつけた。そこから予算を取り付け(無理やりぽさもあるが)、留学と研究に没頭していく執念がすごい。まさに初志貫徹だ。鬼気迫る闘いが熱い。
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