靖国神社には第二次世界大戦のA級戦犯が合祀(ごうし)されているため、中国、韓国などアジア近隣諸国には日本政府の歴史認識の象徴と映り、あつれきを生んでいる。しかし、これとは別に政教分離問題も参拝に影を投げかけてきた。

あの東京裁判でA級戦犯とか決められては資料や本を見る限り一方的な戦勝国の暴力。南京事件などと同様作られた歴史によってゆがめられた感が強く感じる。


そんな中今回の判決も

「(違憲判断の)判決は傍論(部分)と言うか、主たる判決ではない」と述べてはいるが、「公用車や秘書官の同行を伴った行為は公的と判断、さらに参拝を公言するなど首相の参拝への意志が「強固」で、それにより靖国神社という特定の宗教を援助、助長していると判断し、憲法の定めた政教分離の原則に反すると結論付ける」などした。


そんなに公的・私的が問題なのか?

ちょうど遅まきながら靖国論を読んでいるさなかのこの判決。色々考えさせられる。

新ゴーマニズム宣言SPECIAL靖國論
小林 よしのり

判決を伝えるニュースの中に中国、韓国などは歓迎のコメントをと取り上げているがどれほどの人が靖国神社のことを知っているのか?

羽津かしながら日本人の私でさえ良くわかっていないからたまに思い出したように本を読んでいるくらいなのに。日本の教科書ですら正しく伝わっていないのに靖国神社が正しく理解されているのか?

靖国神社―正しく理解するために
三浦 朱門

憲法20条3項の政教分離規定がそこまで純然たるものとしてできるわけがないと思うし、坊主にも選挙権が与えられているし立候補もできる。国民だし。さすがにオウムのように偏った宗教的選挙では困るが。


私も無知だから考える。


靖国神社の存在意義。そこにもっと注目すべきではないのか?

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