周囲の他者の評価を気にする自分を
やめたら、“自分”が見えてくる。
とくに、認められたい人や仲間の意見や考え、
ルールなど、知らず知らずに自分以外のレールが
引かれている。
社会の価値観や他者の価値観、親の価値観が
違和感を感じ、ストレスに思うなら、
そこに成長のチャンスがある。
私は、〇〇になりたいというのではなく、
まず、私は、自分になりたいのである。
でも、いつも社会や他人の目を通じて、
自分を認知していると自分をしっかりと
認知できない。
自分は自分と感じると、
そこに迷いはない。
親の価値観も気にならなくなる。
完璧主義の私、真面目な私、
感情が曖昧な私が、混在しているのが自分
だった。
誰かは、ずるい私、努力する私、
思いやりがある私が、混在しているかもしれない。
曖昧な感情が私なんて気がつかなかった。
曖昧でいいというより、曖昧さで、完璧主義で
生真面目な私とうまくバランスをとってきたのだろう。
あかるく、元気に、生きなくてもよいかもしれない。
少々暗くて、少々元気で、そこそこ楽しく生きられれば良いのである。
曖昧な私は、人生も曖昧なままで、
混とんとしていてよいということに
気づかせてくれる。