10月17日
金木犀が香る秋晴れの気持ち良い日に
タモじぃは煙となってあっちに帰って行った。
お通夜、告別式は行わず身内だけの小さな家族葬。
大きくなった孫二人とお嫁さんも来てくれて嬉しかった![]()
ここ1〜2年火葬場が混んでいるらしく亡くなってから最短の日にちでも一週間待った。
安置された葬儀屋でエンバーミングで綺麗にしてもらい、いつもの穏やかな優しい顔で横たわるタモじぃは気持ち良さそうに眠っている様で…面会に行く度に『タモじぃ、おはよう。朝だよ』と起こしたくなる。
火葬当日は斎場に現地集合。
葬儀屋の担当の方がご挨拶と流れの説明に現れ、喪主である私を連れ一旦外に出る。
あそこの3番目に停まっている車にお父様がいらっしゃいます。時間になったら皆様こちらでお待ちになっていて下さい。お車が皆様の前で停りますので…。
あそこの3番目って……おぉ〜![]()
皆の所に戻って言った。
『大変、タモじぃ純白のベンツで現れるよっ』
火葬の順番どうりであろう、列となって並んた黒塗りの車の中にタモじぃの(ではないが)
純白ベンツのリムジンは陽射しを受け神々しく輝いていた(そう見えた)
最後に良い車に乗れてよかったねぇ♪皆で笑った。
棺の中も思い出の品、朝作った炊き込みご飯のおにぎり、お菓子、飲み物、使っていたお箸、夏服、冬服、帽子、靴、写真、手紙と盛り沢山、愛に溢れていた。
『大荷物で嫌がりそう。財布すら持たない手ぶら派だったのにぃ』と程々に笑いのある葬儀がタモじぃらしくていいなと思った。
でもやはり火葬の瞬間はもう姿を見れなくなってしまう、世界中どこを探しても居ないんだなと思うと涙がながれて嗚咽した。
炉の扉が閉じる瞬間、シゲちゃんが『行ってらっしゃい』と大きな声で声を掛けてくれて嬉しかった。
1時間半後、遺骨の確認をした。
私は『真っ白だ…けっこう残ってる』とボケ〜っとしていた感じがする。頭が深くいろいろ考えるなと感情を抑えていた様な。
対象的に姉は『大好きなパパの優しい顔が無くなっちゃった』とそんな事ばかり言ってパパ、パパと泣いていた。
敏感にならない様にしているのに…
もうやだぁ![]()
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『そういう事を言わないでぇ』とまた少し泣いた。
我慢しないで泣けば良いのにと皆思っただろう。
だけど自分自身を良くわかっている。
泣けば泣くほど悲しみが深くなり辛くなるという事を。思い出を深堀りし始めて自ら沼にハマっていき苦しくなる事も。
だから心を平らかにする事で自分を支え守る。
それにタモじぃが心配するしね。
ちょうど初七日が火葬日になった。
次は四十九日の納骨だな。
✱✱ 余談 ✱✱
喉仏の骨は仏様が座禅を組んだ姿をしていると言われ昔から大切にされている。
遺骨を骨壷に収める骨上げの時に残っていれば見せられ、そのお話をされるのは定番なんだと思う。
…そしてこちらが喉仏の骨ですね。(きたきたっ)
仏様の胴体の形をした骨に頭の部分の骨をちょんと合わせて見せてくれた。合わせて…。
✱その日の夜、私とシゲちゃんの会話✱
『タモじぃ喉仏の骨残ってたね♪』
『おう、仏様残ってたな』
『でもタモじぃの仏様、首チョンパだったね(笑)』
『そうそう(笑)』
最後まで笑かしてくれる、さすがタモじぃだよ❤
