地面に黒い点を落とす水はあっという間に地面を真っ黒にして、やがてさーっという音を奏でていた。突然の夕立に足早に空から逃げていく人たちを裕子と真弓は喫茶店の窓から眺めている。

「雨ふってるよ。最悪。傘なんてもってないのに。」

 ストローを片手で回しながら真弓はしかめっ面をしている。隣のイスに置いてあるカバンからさっき買った書店の紙袋が顔をだしている。

「じゃあ雨があがるまでずっとしゃべってればいいじゃん。」

 裕子は昔から雨が好きだった。それも室内にいるときの雨は特別なもの。人の話し声、音楽、テレビ、車。人がつくる音に少しでも水の音が響くと心がやわらぐ。東京に住んでいると唯一日常に自然を感じさせる音は雨だけなのだから。それを疎むことは少しさびしい気がした。

「だってさ、せっかく電車のってここまで来たんだよ。なんかもったいないじゃん。」

「それもそうね。」

 店に入ったときに最初にテーブルに置かれた冷たい水の入ったコップは後から注文された2つのアイスコーヒーのおかげで居場所を失くしている。

「かと言って、傘を買ってこの雨の中を歩くのもめんどくさいよね。」

「それもそうね。」

 ただでさえ人ごみがそんなに得意ではないのに、傘をさしてこの街の中を歩くことは想像しただけでも楽しそうなことではないことは確かだった。

「じゃあさ、映画見ない?映画。」

「あぁ、それいいね。」

 この近くにはちょうど映画館がある。特に見たい映画があるわけではなかったが、それはそれで良いと思った。二人は勘定を済ませて映画館に滑り込んだ。

「おもしろかったね。」

 すっかり機嫌を良くした真弓は満面の笑みだ。この子の笑顔は可愛い。女の私でもドキッとしてしまう時がある。いつも素直に自分の感情を表にするから、不意に見せるその笑顔は疑いようがないくらい幸せそのものだ。

「そうだね。最後のシーンとか、ずっと泣くの我慢してたもん。」

 

――やっぱり、雨っていいな。

 真弓の笑顔を見て本気でそう思った。