月曜日にDOMの課外授業に行ったばかりですが、またまた木曜日に、「皇帝の間」の課外授業があったので、行ってまいりましたニコニコ行かないでもいいんですけど、結局、同じものを見ても、説明がつくとやっぱり見ごたえがあるので、面白くて、出かけて行ってしまうんですよね。 それに、何度も話を聞いていることで、記憶に定着することも増えるのか、行けば行くほど、面白くなっていく気がしますグッド!


レーマー広場の市庁舎の二階に、「皇帝の間」があり、皇帝の戴冠式のあとはここで祝宴が開かれていたそうです。現在は、市の迎賓の間として使われており、何かの授賞式などが開かれる時以外は基本的に閉じられているので、見学したい場合は、月はじめに出される開放の日を確認して行く必要があります。もし、なでしこJAPNが優勝したら、この市庁舎のバルコニーで手を振るようなイベントがあるはず、と先生が。


さて、広場に集合し、さっそく授業開始。まずは外観のところで。

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レーマーの真ん中の建物には、4体の皇帝の彫像が。この4名は、フランクフルトの発展に特に関わりが深かった皇帝で、左から古い順に、フリードリヒⅠ世(ババロッサ)、ルードヴィヒⅣ世、カールⅣ世、マクシミリアンⅡ世。


皇帝の間には、フランク王国~神聖ローマ帝国時代の52名の皇帝の肖像画ずらりと壁の全面に並んでいます。

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これらの肖像画は、1838-1853年の15年間に描かれたもの。神聖ローマ帝国がナポレオンにより崩壊させられ、そののち、ドイツ連邦というゆるやかな共同体になっていたが、ドイツ革命の時代に、再び統一ドイツを目指す気運が高まり、統一されていた時代の各皇帝の肖像画を作成することにしたとのこと。

最初の皇帝、カール大帝の肖像は、他のものと比べて1つだけ幅が二倍あり、彼だけが玉座に座った状態で描かれています。
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赤いマントを着ており、神聖ローマ帝国の時代は、この「プアプアシュネック」という赤巻貝から採れる赤を身につけることが出来たのは、皇帝だけだったということで、この部屋の肖像画も、「皇帝らしい皇帝」だった人が、赤いマントで描かれているとのこと。手にもっているのは、「剣」ですが、この時代は剣で治める時代であったことを象徴しているのだそうです。


このように、各皇帝について、着ている服、持っているもの、背景に描かれているもの、表情などが、その皇帝がどのような皇帝であったか、どんなことをしたか、どの場所に縁があるのか、などの意味を含んでいることを、説明いただきました。とても面白かったけど、ここに書いてるとね、、、52名いますからね、、、。駆け足でしたが、内容の濃い時間を過ごせました音譜


最後に、皇帝の間のカール大帝の絵の上、一番高いところに掲げられているのは、旧約聖書の中の、ダビテ王の息子ソロモン王が王座に座り、子どもを巡る母親同士の争いを裁く場面。

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各時代の皇帝が、彼のようにありたいと模範にした王であったため、彼の絵が掲げられているそう。ソロモンは、王になったとき、夢の中で神に「王として何が欲しいと望むか」と問われ、「人を裁く知恵を望む」と答え、感心した神に「後にも先にも、ソロモンより知恵に勝る王はない」と約束されたそう。

水曜日の晩、チケットを入手して、観戦に行ってまいりましたよビックリマーク どうせ見るなら、よい席で!!などという合言葉で、カテゴリー1という、4クラスあるうちの一番良いお席の券をゲット。こんな直前にチケットが取れるなんて、ラッキーですが、まさかまさか、日曜日の準決勝で日本に負けるなんて思ってもみなかったドイツ応援団の皆様が、チケットを大放出したらしく。やったー、生での観戦サッカーで応援できる音譜


天気は生憎の雨がけっこう降ったりしていて雨、パスサッカーの日本にとっては、身長が高い北欧選手との試合、ロングボールのほおりこみ合戦は、勝負になるわけないし。。。不利なんじゃ。。。と心配したのですが、フランクフルトのスタジアムは、なんと全面天井で覆われていて、雨の心配全くなしにひひ初めて行ったので、知らなかった~、綺麗なスタジアムでした。


試合開始時間は20:45ととても遅いあせる日本じゃかんがえられないですよね。でも20時頃はまだ明るくて、会場では特設ステージでバンド演奏なんかもやってました。レバークーゼンの予選の時よりも、かなり人が多いです。

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屋根つきの会場、ナイター照明が明るく、芝の緑が鮮やかビックリマーク

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ゲーム中の様子。席は、前から14列目でけっこうグランドに近く、ロングボールをヘディングした音など、かなり大きく聞こえて、「痛そ~ショック!」とか思ってました。スウェーデン選手が近くにくると、ほんと、大きい大きい!!頭ではわかっているんだけど、その体格差が、直接目で見るとインパクトがすごいです。ヘディングの競り合いとか、触れるわけないわ、ってしみじみ苦笑。。。

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でも、ほんと、日本のパス回しの速さ、そして各選手のボールキープ力の高さは、すごくよかったです。ゲーム開始直後は、やや硬かったかはてなマーク相手が最終ラインをすごくあげてて、スペースがなくてあまりボールが回らず、特にパスミスから早々に1点先取されてしまった時には、「ああぁぁ~、ちょっと、不穏な空気だガーン」って思いましたが、同点に追いつき、どんどん動きが良くなっていきました。終始、押せ押せムードで、応援のしがいもあり!!

それにしても、澤さんは、やっぱり目立ちますね、なんだか上手さがひときわ。得点能力も高いのでしょうが(メキシコ戦はハットトリックだし、この日も1点とったし)、でも守備で相手からボールを奪い取るのが、なんかほんと、惚れ惚れするほど凄いビックリマーク「さすがにひひ」って叫んでしまう感じでした。

最終的に、3-1で快勝、ほんとに嬉しかったクラッカーゴールキーパーが飛び出してた時に、ロングのループシュートはかっこよかったなぁラブラブこんないい試合が見れて、本当に感激アップ


試合後、グランドでクールダウンしてる選手たちと、観客がいなくなって空席が多くなったスタンド。フランクフルトの文字と、市の紋章が座席で描かれてました
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夜遅くなりましたけど、本当に楽しかった音譜レバークーゼンの予選を生でみて、とっても楽しくて、準決勝は、ぜひまた行こうビックリマークとチケット入手可と分かったときは即決でした。決勝戦も行きたい、と口々に言い合って帰りましたが。さすがに、チケット入手が困難な状況です。。。

月曜日の午前中、歴史教室の課外授業で、フランクフルトのDOMに行ってきましたニコニコ DOMは、中に入ってみたこともあるけれども、先生の説明つきで見学すると、やっぱり満足度が違いましたね音譜今回、家にある『ドイツ世界遺産と歴史の旅』という本を読みつつ、ドイツの歴史を復習しながらブログを書いてますが、この本、これまで単に読んでもさっぱり頭に入らなかったんですけど・・・歴史教室の授業や課外授業を受けて、改めて読むと、先生の説明を聞いただけでは不明瞭であったり、理解が不十分であったりした部分を補完してくれたりして、なかなか、有益です。うーむ、意外に役に立つ。


さて、レーマー広場で待ち合わせて、そこでも見るべきものの説明が。

ナチスドイツの焚書(ナチスの思想に合わない書籍を焼いた史実)が、フランクフルトではこのレーマー広場で行われたため、そのことを記録するために、レーマー広場の地面に残されたもの。負の歴史が、こうして語り継がれているんですね。
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さて、DOMの正面には遺跡風のお庭のようなものが、、、ここはかつてのローマ軍駐屯地跡で、「考古学の庭」と呼ばれています。正面から眺めるDOMは、ゴシック建築様式の高い塔をもち、美しいです。このDOM、カール大帝の息子、ルードヴィヒ敬虔王の時代(9世紀)に、バジリカ式教会として建てられたものがもとになっています。そこを、何度も建て増ししていく形で、ロマネスク様式の教会から、最終的に1500年頃ゴシック様式の建築物となったそうです。この塔の高さは、94m75cm、この時代のフランクフルトで最も高い建物だったということで、時計のある場所付近は住居となっており、消防の人が住んで火の見櫓としての役割を果たしていたとのこと、面白いですね。
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ところで、DOM(大聖堂)という呼び名は、本来は司教区に指定された街にある、司教座(司教の座る椅子)のある聖堂にのみ適用される呼び名なのですが、フランクフルトは司教区ではありません。それが、なぜ、DOMと呼ばれているかというと、皇帝の戴冠式が行われる教会であるため、通称として「カイザードーム(皇帝の大聖堂)」と呼ばれるようになったそうです。正式名称は、「聖バルトロメオ教会」で、「聖遺物」として、12使徒の一人、聖バルトロメオの頭蓋骨が納められているということ。上述の本によると、13世紀にこの頭蓋骨がフランクフルトにもたらされ、1239年からこの教会の守護聖人として崇拝されているそうです。


さて、続いては、正面からみてDOMの左側面にある扉の前へ。DOMにおける最も重要な扉として先生がご紹介になりました。マクシミリアンⅡ世の時から、皇帝の戴冠式がこのカイザードームにて行われることになり、この扉から戴冠式に臨む王だけが入っていったそうです。現在でも、普段は閉じてありますが、演奏会などの入場などに使われたりしているそうです。

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この扉の、上の彫刻とバラ窓について。

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バラ窓の花弁の枚数は「8」、神の永遠性を表す数字です。そして、三つ葉のや四つ葉のクローバーを思わせる模様が組み込まれていますが、この数も「三位一体」や「4つの福音書(ヨハネ、マタイ、マルコ、ルカ」を表す数として、教会建築の中で意味を持って使用される数です。教会建築の基になる数は、なんらかの意味付けがなされたものが使用されていて、例えば教会の大きさを決める単位は、建築の責任者の肘から指先までの長さを「エレ」という単位とし、使徒の数12×12=144エレと決めて建てられていたそうです。

彫刻は、キリストを中心として、両脇に12使徒が6名ずつ。さらに、その外側にもう1名ずつ配置されています。このお二人は、一番左が、聖バルトロメオ、一番右がカール大帝なんだそうです。バルトロメオは、この教会の守護聖人ですが、カール大帝も、神聖ローマ皇帝として聖人になったわずか2名のうちの1名であり、この教会に肋骨が聖遺物として納められているそうです。つまり、両側の2名が、この教会に聖遺物が納められている聖人であることを示しているそうで、バルトロメオ像はこの中に2体あるってことですね。


そして扉の部分。旧約聖書の場面が描かれています。アダムの誕生、ノアの神への捧げもの、アブラハムとイザク、モーゼの十戒など。
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ここまでで、このペースで記録すると、すごい量になるのと疲れてきた。内部の説明は、かなり端折っちゃおう。


入口から入ってすぐの、ゴルゴダの丘で磔になるイエスの彫刻は、マインツ出身のハンスバクオーフェン作(1509年)。この頃の作品は、実際に題材となった場面の時代の表現だけでなく、一部に製作の時代を表現するものが入っているとのこと。この作品では、イエスと一緒に磔になった二人の囚人のうち、「あなたは神の子です」と言った左の囚人ではなく、イエスを認めなかった右の囚人を、この時代に略奪や強姦を行う最も残酷で罪深いとされた傭兵の服装にしているのだそうです。


ドーム内の床には、680年に最初に建てられた、貴族の女の子が祀られた教会の敷地跡が描かれており、それから建増しされていった状況も同じように床に記されています。後ろの壁にも、どの時代にどういう形をしていたかの図解がかけてありました。


奥の小さな祭壇の横にある小さな塔(写真右、ちょっとボケちゃった、、、)の中に、「聖遺物」であるバルトロメオの頭蓋骨が収められた銅の箱があり、これは毎週日曜日にだけ開かれて中が公開されているそうです。

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このDOMで起こった2つの事件を描いているフレスコ画。

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左は、赤いマントのオットーⅠ世に、941年のクリスマスの日に、懺悔の衣を着た弟のバイエルン公ハインリッヒが許しを請う場面。ハインリッヒは、王の座を狙ってクーデター未遂を起こし、一度は許されたのにも関わらず、再び暗殺計画を企てて、地位を剥奪されそうになった。そこでクリスマスの日にフランクフルトのDOMを訪れたオットーの元に許しを請いに来たそうです。皇帝や教皇は、クリスマスの日には寛大な心を持って、謝罪を受け入れなくてはならないしきたりであったため、オットーⅠ世はやむなく許したとのこと。

右は、シュタウファー王朝時代(1147年)、クルニュー派の修道士であったベアンハードのもとに、彼を崇拝し彼に触れてその徳を得ようとした民衆が押し寄せたため、それを守ろうとするコンラッドⅢ世が描かれています。ベアンハードは、第二次十字軍遠征を行うように、各地で説いてまわった人だそうです。

このフレスコ画の前の空間に、第二次世界大戦の時に爆弾が落ち、そこから火が燃え広がったそうです。


続いては、「選挙のチャペル」

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石棺の横の小さな扉の奥の、小さな部屋のチャペルで、1438年以降、7名の選帝候により皇帝の選挙が行われてきた。室内は撮影できなかったが、床の敷石に神聖ローマ皇帝の象徴、ワシの紋章が描かれている。


唯一、戦禍を逃れたゴシック建築がオリジナルで残っている「マリア永眠の祭壇」

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聖遺物など、重要なものは大戦中にはタウナスの山中に疎開させて守っていたが、この祭壇は持ち運べるものではなかった。そこで、漆喰で完全に塗り固めて覆っていたので、空爆による火災から守ることができた。

マリアの顔の周りに、3体の小さな天使がいる。「神の声を聞く」聖なる場所、耳から魂が出てくると考えられており、それを待ち受けている。上方の小さな額のなかには、天使に連れられ神のもとに召されたマリアの姿が描かれている。


フランクフルトに亡命し、1688-1691年の間過ごしてなくなった、ファルツにあるボルムスの司教の像。ルイ14世が、奥方の出身地であるファルツを得るために仕掛けたファルツ継承戦争から逃れて来た。彼は、「フランケンシュタイン伯爵」である。
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他にも、ここに載せていない写真があって、それぞれに説明など受けたのですが。全部載せるのは大変なので、このくらいにしときます。


自分でDOMを見るなら、ざ~っと1周して、「ふーむ」と思って終わり、なんでしょうけど、色んな説明を受けながら見ると、本当に充実しますねニコニコ誰かがフランクフルトに遊びに来た際には、DOMの説明が少ししてあげられるような気がします音譜