負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -340ページ目

ミになる図書館

演歌をポップス歌手が歌うのを批評するんだって。

見ながら突っ込もう!

課題曲がこてこての五音階津軽海峡・冬景色、越冬つばめ、夜桜お七、北の宿

天城越え

こぶし、しゃくり、ひき、
とかあるけど、鼻濁音は演歌に特質したものじゃないよ!


あと、日本音楽特有なものに、

ゆり、さわり

などがある。

言葉一つ一つに強弱を細かくつけるのもポップスにはあまりない特徴。
音一つ一つの音色に変化をつける。

つまり、その一音にいかに変化をつけるかである。
メロディーに変化をつけるのではなく音一つ一つに変化をつけるかである。
異音、吃音、騒音を如何につけるかである。


鼻濁音って関西以西にはないから、江戸文化(発音)の押し付けですよ!

演歌が鼻濁音っていうのは間違い。
日本語の歌曲を歌う場合、言葉の最初以外の「が行」が鼻濁音にするのは、その方が日本語が美しいという、東京中心の共通語の考えによる押し付けである。

以前はアナウンサーが訓練していたけど今は、あまり指摘はされない。


鼻濁音は関西以西の人にとっては使う歴史がない。
下手すると、下品な発音に取られかねない。

全然、鼻濁音に関して的確な位置がしめされてないざゃん。
このカリスマ講師とやら、音楽的に使う鼻濁音の意味を知らないのかな?

葛城ユキの歌い方を聞けばよくわかる。本来、鼻濁音を使わない地域の出身だから、鼻濁音にならなければ成らないところかなっていない。それが指摘できていたい審査員は誰も日本語発音の鼻濁音をわかっていないってことですね。
それで審査してるってことは、私的な感情が先立って評価しているってこと。
即ち、理論的ではない!


て、とこですかね!



神経性胃炎

生きていると、いろいろ考えなければならない。


どうしても対人的なことは、苦手である。

しかし、それだけに関わっているわけにもいかない。
いくら考えようがどうにもならないこともある。つまり時間が解決するしかないこともある。
過ぎてみれば、悩むほどのことでもないことは多々とある。

取りあえず目先のことから片付けていればいいものを(笑)


しかし、心配性なのかいろいろ頭をまわるもんだ。


自分ではどうにもならないことは、そっとしてほしいものだ。

宇多田さを大変だね。
マスコミにまで気を使いたくはないだろう。


そっとするべきだ。

○きゃんの通信講座

通信講座と通信教育はどう違うんだ?


まぁいいか(笑)

某通信講座会社の予想問題をこなして某資格試験を受けた。
ことごとく、ハズレ(笑)

そりゃそうだわなぁ!
同じような問題がでるほうが問題になる。

一部に有利になるような試験に成らないためにも、わざと違う問題になるようにするだろう。

つまり、通信講座や市販の問題集にある問題は出題される可能性が低くなければならないことになる。

的中率などと豪語するところは、いかに自分都合の解釈かということだ。
一問や二問よく似た出題があったからってそれがなんだ!

いかにその手の問題集を解くことが無駄かということか?

それよりはいかに広く学習できるか!

ってことか?