いつものように教室の窓から校庭を眺め、気怠くなるような午後の一時の静寂を楽しみ、時々頬を撫でる穏やかな風に目を閉じる。日の照り返しで頬が火照り、窓を閉めようと少し腰を浮かせ手を伸ばすと廊下から生徒の叫び声が聞こえてきた。

差し込む日の光も心なしか弱々しくなっていく。クラスメイト達は叫び声がするほうへ走って行ったが、何故かその場から動けなくて、生徒たちの声が飛び交う中、机に突っ伏した。

「女が屋上から飛び降りたみたいだぜ」

誰かが言った。新学期早々飛び降り自殺だなんて可哀相と心の中で呟き、少しの興味が芽生え、立ち上がり窓の外を何気なく見てみた。そして時間の流れが、少しずつ途切れていく。痛いような冷たい空気に眩しい日差しが降り注ぐ。呆けたように、少し笑ってみた。そして、まさかね、と声に出して言ってみると教室のドアが勢いよく開けられた。

「伊藤! お姉さんが屋上から飛び降りた」

「………」

「病院へ行くぞ」

見上げる空は何事もなかったかのように、静か。暫くその余韻を追ったが、苛立たしげに教室の中まで入って来た担任に手を掴まれ、引きずられるようにして廊下を走った。揺れる足下の土が靴下を汚していく。その場所に近づくにつれ恐怖という感情が出てくる。校舎の角を曲がるのと同時に、担任の手を振り解こうとしたが、ソレはすぐ目の前に現れた。騒ぐような風の音に包まれ、土の上に血だらけの姉である稚子(ちこ)の体がまるで人形のように横たわっている。

顔は大きく腫れあがり、左目は潰れて小さくなっている。切れた唇の端からは血が流れ、顔の形相が変わってしまった稚子の姿に、呆然としていると、救急車がサイレンを鳴らしながら校内に入ってきた。

校舎に当たって吹き上がる風の音とサイレンの音が威嚇的で耳を塞いだまま後ずさりその場に屈んだ。やがて音は止まり、タンカが運ばれてくる。分厚い大きな雲が太陽を隠し、暗い空の下に広漠とした白い空間が広がった。運ばれていく稚子の姿を見つめたまま、どうしてこんなことになってしまったのか必死に考えてみるが、何も思い浮かばない。

担任に支えられ救急車の中に乗り込み、救急隊員がドアを力いっぱい閉める。少しの隙間から外の様子を眺める。生徒達が血塗れになった土を指差している。そして救急車が走りだし、校舎を見ながら目を凝らしてみたが、それ以上は涙でよく見えなかった。

Oといると、同い年なのに私のが年下に見えてしまう。

外見的にというよりも、Oが纏う空気は独特なのだ。自分以外はどうでもいい、的な。この頃はよく電話で泣いていた。なんの脈絡もなしに泣くことができ、壊れた蛇口みたいに涙がぼろぼろと出てきた、毎日毎日。自分の話だけを一方的に話して、Oの話は全く聞こうとしない。いま考えてもどうしようもない女だ。

Oの家には猫が何十匹もいる。電話をしていると、必ず猫の鳴き声が聞こえてくる。その猫の鳴き声を聞きながら、私は一人で話し続ける。

その日は、いつもより饒舌になっていた。そんな私に、不意にOが「大人にならないとね」と言った。言葉につまる私に笑い転げるO。妙に心地いいフレーズをOは繰り返す。「自分ができないことを他人に求めてはだめだよ」確かにそれはわかるけど。「自分の思い通りにうごく優しい人間なんていないよ」強烈な感情移入。Oのリビドーは完璧。「愛されたいなら、愛さないとね」

特別何かをしたいなんていうことはなかった。ただ、その頃は倒錯したナルシズムに憧れを持っていた、強く、愚かなくらい。

時々感じる虚無感。求めてるのは無償のものだけ。決して埋まる事のない空白にこの男はいとも簡単に入りこんできた。

愛に関して言えば、観念的マゾヒスト。

脳内M指数が平常時30とすると、彼に説教されている間は脳内M指数軽く200を超えてしまう。


彼に道具を見せてもらった帰り道の車の中。ぼんやりとついこの間彼から届いたメールのことを考えていた。携帯の機種によって色々なんでしょうけれど、複数の友人に同時配信をすると自分以外の方のメールアドレスが見えたりすることがあるじゃないですか。彼が「卒論が終わった」という内容のメールを私に送ってくれて、そのアドレス部分に見知らぬアドレスを発見。このアドレスがなんの意味ももたないアルファベッドの羅列なら愚鈍な私は気付くことはなかったと思います。でもそのアドレスは明らかに女性の名前が入っていて、ん? と疑念を持ってしまいました。

彼に「これは誰のアドレス?」とメールを送ると彼は「友人だよ」と返してきた。ふむふむ。


そんなことを思い出していると、車は私の家の近くまできていた。お礼を言って車から降りる。

部屋にもどってからももやもやは消えない。疑心暗鬼、とまではいかなかったけれど、実際、いま自分達の関係を言葉にするとどんな状態なのか知りたくて、彼にメールを送ってみた。


「わたしたちって付き合ってるのかな」


なんていう不毛な質問を投げかけてみる。返事は一時間くらいして返ってきた。