キャンドルの灯りがゆらゆら揺れる。


キャンドル作家でもあるあの人が病気だって知らされたのは

つい最近。


明るくて、カリスマ的に可愛くて憧れていたあの人が。


人生分からないものだな、早く元気になってくれたらいいけど

私の元に聞かされた情報はあまり良いものではなかった。



人生無駄なことをしている時間はないな、

身をつまされる思いです。


「駅のポスター見て思ったんだ、○○(わたし)ちゃんは

 黒木瞳系目指せば良いよ!」

ってなぜかσ(^ ^;)アドバイスくれたり、

「○○ちゃんはどんどんキレイになってくね」

「キレイになったね!」

って。真偽はおいといて(;´▽`A``、ストレートに嬉しい言葉を

プレゼントしてくれる人だった。

木から果実を捥いで、「はい」って手渡ししてくれるように。


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父。定年退職してからめっきり老け込んでしまった。

大きな病気も2回している。

私がちょうど生まれる頃、命に関わる手術をした。


そしてまた5年前に心筋梗塞になって。

父が倒れる前日にわたしは父親と大喧嘩して電話を切った。


定年後父のささやかな夢、ジャイカのシニア協力隊に入って

東南アジアに農業を教えに行くことだった。

だけど、心臓に持病がある人は行けないとの決まりで

蟄居している。わたしはどこか負い目に感じながら。


もしかしたら、私が生まれる前にこの世にいなかったかも

しれない父。でも神さまの計らいで二度助けてもらえたのかな。


今日吉本ばななさんの本『デッドエンドの思い出』

を読んでいたら、主人公が赤ちゃんの時に亡くなってしまった

お父さんの夢を見て、


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リビングで白いテーブルについてお父さんとお母さんと

晩ご飯を食べている。

テレビからは夕方のニュースが流れている。

お父さんの顔はよく見えなかったけれど、スーツから気楽な

服装に着替えて、ゆったりとした感じでそこにいた。確かに、

しっかりとした愛情深い感じでそこにいたのだった。


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実家で暮らしていた頃父はいつだって、その感じでいてくれた

ことを思った。目頭の奥が熱くなって止められなかった。


良質な作家さんの文章は私たちに「生き直し」

させてくれているのかな。

自分が今ここで過去に関して発することは「あとづけ」だと思う。

良質な文章にふれることで記憶を塗り直し、生き直しさせて

もらっているように感じた。


他に好きなブログで、本を書く人が伝えたい言葉は
3つか5つくらいだと書かれていた。

それを手をかえ品をかえ
表現をかえて、真理が正しいかどうかなんて問題ではなく、
その真理で私は楽に生きられるようになったから。

真理を伝えて、共感してくれる人がいて、その人が少しでも
日々を楽に前向きに生きていけるようになったら。
それが喜びで、これが、本を書く人の気持ちなんだろうなぁ

って言葉があってありがたく思った。

人の良心のリレーで今ここにいられること。


野蛮な話になるのだけど、

「右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」

という言葉が、世界のある地域によっては、

その隙に首を掻っ切るためなんだという人がいた。


資本主義の下従順でいると搾り取られるだけな場面もあるし、

ある程度虚勢を張らないとどんどん足元見られて行くときも。

そんな中たまに自分の焦点が分からなくなるような時がある。

だけど絶対値のようなゆるがない確かなものを思い

また前に進む。自分の行動の基準。

揺るがない愛情を教えてくれたのは家族だ。

それからお日さまのにおいのする友だちの存在。


オセロ休暇今9連休中で思いっきり休息しています。

普段は仕事やなんやのストレスで、本が読めなかった。

文章を目で追っていても集中力がなくって、

気になる本があっても断片的でしか捉えられず、

結末から読み始めたり。

飛ばし飛ばしに、順序ばらばらに文章を断片的に捉えて後から

順序通りに並べ替えて、こういう話だったんだ・・って納得したり。
みうらじゅんさんも「自分は本が読めない」

って言ってたことがあって、わたしは2年前くらいかな。

みうらさんはこんな感じだったのかなっって思い始めた。

でも心のほっとステーションな休暇があると文字を追えるように

なった。LAWSON○ーソンかっ(^o^;)牛


綺麗な日本語が読みたい。三島由紀夫さんや志賀直哉さん、

高校の先生が「作家になりたいなら作家の文章を丸写しする

ことから始めなさい。例えば志賀直哉さんとか。」

と言っていたのを覚えている。

作家になりたい訳じゃないけど^^;せっかくだから

上質な日本語の文章に触れたいな。


作家さんでも芸術品でも、結局は奥底のその人の精神の

ような魂のようなものにふれていることを思う。


命は有限だからこそなにもかもが尊く思えるんだろうか。

哀しすぎる対価がこの世にはあるのだ。

キャンドルの灯がどうか消えないように、

風が、どうか吹かないように。



わたしは父への最短距離を日々の選択で選んで行きたい。

孫は、来年生まれる予定なのだ(^v^)

わたしは叔母になりマス!

どうか孫ちゃんの命を無事運んでくれますように、

コウノトリさんヨロシク