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自分の人生のゴールを書いたカードを持ち歩き、ふとした時に見る。

こんな習慣は大切だと言うことを知り、やってみようと思った。

カードは、ベネフィークQ10のサプリのパッケージの色が綺麗だったから使い終わったものを切り抜いた。

私の人生のゴールは、これしかない!って思っていることがある。自分の人生の全てはこの川に流れている。

あと、裏にはオードリーが好きだったという詩を書いた。

「人は二つの手を持つ
一つは自分のため
もう一つは他者を助けるため」

自分は決して一人で歩いてきた訳でない、ということを今までになく肌に感じるようになった。

・木材に使われる木は、北側は陽射しが当たらずあまり育たないため年輪が狭い。南側はのびやかに年輪が広くなっている。
しかし、実際に建材に使われる時、南側は板に使われるが北側は柱になる。

・作家の吉川英治さんはものすごい逆境の中を生きて来られたそう。しかし、老いてから自分の振り返り、「一番楽しかったのは逆境を乗り越え、それを振り返った時だ。これを乗り越えたのだから、さあ、次も乗り越えてやるぞ、と勇気がわいたものだ」
と言葉を残されている。歴史小説に見られる鋭い洞察眼は、並大抵の思いでつくられたものではない、逆境に次ぐ逆境を乗り越えて来られたからつくられたもの、ということだった。

こんな風に自分のところに、偉大な先人たちの言葉が届くあたたかさを感じた。当人はもちろん誰かが、後の人たちに残そう、としてくれている
そんな人の思いが、あたたかいもんだ。

自分を叱ってくれる人も、大切。大体が無視してスルーだから。

自分の甘さをとことん感じた。ブログの文体からも滲み出るよな、先日もマイ箸欲しいで終わっている。じゃあ買えよって自分でも突っ込むし(゜o゜)\(-_-)・・


ぬるま湯につかるのも、厳しい環境に身を置くのも自分の選択。板になりたいのか、柱になりたいのか。
きっとどっちでも良いんだろう。だけど、大きな柱は板と相入れないし、柱の方が建物を支える役割をする。だけど、板もあるから家になる。本当にどっちでもいいんだろう。
私は、人生のゴールのために生きたい。後で振り返って、柱だったか、板だったか、どっちでも良い。それで家が建つなら。
だけど、柱が大きければ大きいほど、しっかりした支えにもなるんだろうな。
柱を目指そう。
自分の選択が柱か板か決める、ということ。どんな環境に身を置くかは自分次第。
忘れないでいよう。

なんて抽象的な文だ(^^;