この度、地震の被害に遭われた方の心痛を察すると共に
お亡くなりになられた方の
ご冥福をお祈りいたします。
また一日でも早い復興を
お祈り申し上げます。
先日、仙台に住む知人と久しぶりに会いました。
知人・・・元職場の後輩に
あたります。
実はあの大きな地震の数日前
前触れかと思わせるような
大きめの地震があったようで
旦那様と用心をしていた
そうです。
3月11日14時46分
家にいた後輩は
大きな揺れと共に
身の危険を感じ外に。
立っていることが
ままならないぐらいの
大きな地震
暫くして揺れがおさまり
家のドアを開けようとした所
家の中のものが
倒れて(下駄箱)
扉が開かない状態だったようです。
あのまま家の中で
避難していたら
命に危険が
咄嗟の判断がよかった
ようです。
どうにかして家へ戻るのに
同じマンションに住む
大家さんのところへ行き
大家さんちから
家の中へ
部屋のものは崩れ落ち
辺りは物が散乱し
酷い状態
地震と同時に
電気、ガス、水道は
全てstop
地震直前
実家に帰省してた後輩は
食べるものもままならず
3日間、白菜に塩をかけて食べ
それのみで
空腹に耐えたそうです。
周りにコンビニが
あったそうですが
停電の為レジが作動せず
物も売ってもらえない状態
人々は混乱に陥り
ヤジがすごかったそうです。
地震から3日後
初めての配給
一人竹輪一本と
3人家族で牛乳1パック
その日は水をもらう為
長蛇の列に5時間かけて
並んでいたそうです。
水をもらうにも
水をいれるものがなく
後輩は洗濯カゴを持っていった
ようです。
そんな時にタイミング悪く
配給が
水もほしいが
食べ物もほしい
家族がいればかわりに
並べんでもらえるが
近くに家族はいない
なんで同時に行うの?と
不満が募ったそうです。
水も大きなトラックから
ポンプが繋がっていて
何十回も自分で
ポンプを押していれなければ
いけなく、体力と相当な時間が。
話しを聞いてるだけでも
しんどさが伝わって
きました。
避難所・・・の様子が
テレビでも報道されてましたが
避難所に入れるのは
ごく一部
多くの人は避難所が満杯で
避難所にも入れない状態
後輩もその一人でした。
どうにか親切な大家さんの元で後輩夫婦、他に何人かの
人達が身をよせあって
過ごしたそうです。
まだ過ごせる家があれば
良いほうで
後輩の知り合いは
家も全壊
避難所も入れず
車で毎日寒さと空腹に
たえながら
過ごしたそうです。
その後周りの人達と
協力しながら
炊き出ししたり
自分の出来事ることをして
辛い状況を乗り越えて
いったようです。
暫くして旦那様の会社の上司が
物質を届けに
物質を届けるまでに
道が渋滞
現地に着くのに時間がかかり
満タンだったはずの
ガソリンも底をつきそうで
ままならない
かといって物質を届けに
きたにもかかわらず
帰り、現地にあるわずかな
ガソリンをいれようものなら・・・・。
途中車がとまるのを覚悟で
物質を何度か
遠方から
何十時間もかけて
届けてくれたようです。
確かに現地のわずかな
ガソリンを使うのは
と思いつつ
物質が届かなければ
食べ物も
難しい問題ですよね。
地震後、まず初めに復旧したのが、水
後輩は生活する上で
長い間、一番お風呂に入れないのがきつかったようです。
水は復旧しても
ガスがつかなく
お湯がでないので
少しあったかくなった日を
見計らって、寒さをしのぎながら水で身体と髪を洗ったようです。
次に復旧したのが
電気
そして最後にガス
やっと通常の暮らしが
出来ると思ったら
今度は福島の原発問題が
後輩の住む地域は
避難勧告地域に
後輩自身は仙台を離れる
ことはしたくなかったのですが
家族や旦那様に説得され
一時的に実家へ
戻ることに
が実際は新幹線が動いておらず
バスに。
バスも暫く乗れず
一日現地で寒い中
時間をやりすごし
やっと乗れる状態
何十時間もかけ
千葉の実家についたものの
千葉も震災の影響、被害が。
仙台にいる旦那の事も
考えると気がきでなく
精神的苦痛がかなり
大きかったようです。
とにかく報道されてるのは一部で実際はほんとに悲惨な状況だったようです。
後輩夫婦はこの地震で
知人を何人か亡くしました。
家を崩壊、全壊した人も
周りにたくさんいます。
普通に生活出来ること
毎日を過ごせることが
とても幸せなことだと改めて
感じたそうです。
この話しを後輩から聞き
とても心が痛みました。
大丈夫?とか
頑張れ!とか
正直私には
軽々しく言えません。
例え街が何十年かけて
復興したとしても
精神的な心の痛みは
一生残ると思うから。
被災された方にしか
被災された方の気持ちは
わからない部分がたくさんあると思うから。
だだ、今私が出来ること
それを精一杯やるのみです。
義援金、節電、blog
そしてこの日をこの気持ちを
忘れないこと。
一過性にならないこと。
そして今自分の置かれてる状況に日々感謝すること。
今回地震を通して多くの
事を考えさせられ
多くの事を学びました。
また少しずつ
後輩から聞いた話しを
blogを通して
伝えていけたらなと思います。
お亡くなりになられた方の
ご冥福をお祈りいたします。
また一日でも早い復興を
お祈り申し上げます。
先日、仙台に住む知人と久しぶりに会いました。
知人・・・元職場の後輩に
あたります。
実はあの大きな地震の数日前
前触れかと思わせるような
大きめの地震があったようで
旦那様と用心をしていた
そうです。
3月11日14時46分
家にいた後輩は
大きな揺れと共に
身の危険を感じ外に。
立っていることが
ままならないぐらいの
大きな地震
暫くして揺れがおさまり
家のドアを開けようとした所
家の中のものが
倒れて(下駄箱)
扉が開かない状態だったようです。
あのまま家の中で
避難していたら
命に危険が
咄嗟の判断がよかった
ようです。
どうにかして家へ戻るのに
同じマンションに住む
大家さんのところへ行き
大家さんちから
家の中へ
部屋のものは崩れ落ち
辺りは物が散乱し
酷い状態
地震と同時に
電気、ガス、水道は
全てstop
地震直前
実家に帰省してた後輩は
食べるものもままならず
3日間、白菜に塩をかけて食べ
それのみで
空腹に耐えたそうです。
周りにコンビニが
あったそうですが
停電の為レジが作動せず
物も売ってもらえない状態
人々は混乱に陥り
ヤジがすごかったそうです。
地震から3日後
初めての配給
一人竹輪一本と
3人家族で牛乳1パック
その日は水をもらう為
長蛇の列に5時間かけて
並んでいたそうです。
水をもらうにも
水をいれるものがなく
後輩は洗濯カゴを持っていった
ようです。
そんな時にタイミング悪く
配給が
水もほしいが
食べ物もほしい
家族がいればかわりに
並べんでもらえるが
近くに家族はいない
なんで同時に行うの?と
不満が募ったそうです。
水も大きなトラックから
ポンプが繋がっていて
何十回も自分で
ポンプを押していれなければ
いけなく、体力と相当な時間が。
話しを聞いてるだけでも
しんどさが伝わって
きました。
避難所・・・の様子が
テレビでも報道されてましたが
避難所に入れるのは
ごく一部
多くの人は避難所が満杯で
避難所にも入れない状態
後輩もその一人でした。
どうにか親切な大家さんの元で後輩夫婦、他に何人かの
人達が身をよせあって
過ごしたそうです。
まだ過ごせる家があれば
良いほうで
後輩の知り合いは
家も全壊
避難所も入れず
車で毎日寒さと空腹に
たえながら
過ごしたそうです。
その後周りの人達と
協力しながら
炊き出ししたり
自分の出来事ることをして
辛い状況を乗り越えて
いったようです。
暫くして旦那様の会社の上司が
物質を届けに
物質を届けるまでに
道が渋滞
現地に着くのに時間がかかり
満タンだったはずの
ガソリンも底をつきそうで
ままならない
かといって物質を届けに
きたにもかかわらず
帰り、現地にあるわずかな
ガソリンをいれようものなら・・・・。
途中車がとまるのを覚悟で
物質を何度か
遠方から
何十時間もかけて
届けてくれたようです。
確かに現地のわずかな
ガソリンを使うのは
と思いつつ
物質が届かなければ
食べ物も
難しい問題ですよね。
地震後、まず初めに復旧したのが、水
後輩は生活する上で
長い間、一番お風呂に入れないのがきつかったようです。
水は復旧しても
ガスがつかなく
お湯がでないので
少しあったかくなった日を
見計らって、寒さをしのぎながら水で身体と髪を洗ったようです。
次に復旧したのが
電気
そして最後にガス
やっと通常の暮らしが
出来ると思ったら
今度は福島の原発問題が
後輩の住む地域は
避難勧告地域に
後輩自身は仙台を離れる
ことはしたくなかったのですが
家族や旦那様に説得され
一時的に実家へ
戻ることに
が実際は新幹線が動いておらず
バスに。
バスも暫く乗れず
一日現地で寒い中
時間をやりすごし
やっと乗れる状態
何十時間もかけ
千葉の実家についたものの
千葉も震災の影響、被害が。
仙台にいる旦那の事も
考えると気がきでなく
精神的苦痛がかなり
大きかったようです。
とにかく報道されてるのは一部で実際はほんとに悲惨な状況だったようです。
後輩夫婦はこの地震で
知人を何人か亡くしました。
家を崩壊、全壊した人も
周りにたくさんいます。
普通に生活出来ること
毎日を過ごせることが
とても幸せなことだと改めて
感じたそうです。
この話しを後輩から聞き
とても心が痛みました。
大丈夫?とか
頑張れ!とか
正直私には
軽々しく言えません。
例え街が何十年かけて
復興したとしても
精神的な心の痛みは
一生残ると思うから。
被災された方にしか
被災された方の気持ちは
わからない部分がたくさんあると思うから。
だだ、今私が出来ること
それを精一杯やるのみです。
義援金、節電、blog
そしてこの日をこの気持ちを
忘れないこと。
一過性にならないこと。
そして今自分の置かれてる状況に日々感謝すること。
今回地震を通して多くの
事を考えさせられ
多くの事を学びました。
また少しずつ
後輩から聞いた話しを
blogを通して
伝えていけたらなと思います。