先日のライヴで出演した富山ソウルパワーっていうお店、
西武跡地の前を市電が走っています
そこから中央通り(さんぽーろ)に入って東に150mほど歩くと
細い路地が横切っています。そこを左に折れて
また150mほど歩くと、3F建てのビルがあります。
まわりには小洒落た服やさんもあれば、民家もあります。
5月にあったスタークラブのライヴでは
けっこう店の中、めちゃくちゃにされたという話も聞きました
オーナーは、新川人ならではの気取らず飾らず。
できの悪いバンドにも分け隔てなく接してくれる
アニキ肌のオトコ。嫁さんもオーナーをしっかり
バックアップしています。アバウトなトコもありますが
いい店です。
そういうわけで
今はこの店が一番のおきにいりです。
夕べ、ぼーっといろいろ考えてる最中、
あれ、
そういえば
ここのビルのあった場所って
25年くらい前、「P&G」ってサパークラブだったよなー
今一緒にやってるAZVIBEのドラムスのバドーさんとは、
ここで一緒に「グリコ」ってバンドでYMOのカバーを
やってたんだなぁ、
あ、そういえば
ベースの戦国イエス氏と、ギターのホンマ君と知り合ったのも
ここだったな・・
なんて縁だろうかと。
というワケで
25年前に、ズーム・イン!w
P&Gってお店は
もともとは大人の社交場で、1Fから3Fまでを
ある社長さんが経営してて、この方がまぁ、
もの好きなヒトで
「ここでバンドをやりなさい!好きなだけ」
当時はこんな太っ腹な社長さん、
多かったです。
で、PAに楽器などの機材をどうしましょうか、
となったとき、ちょうど閉店が決まっていた
富山のアンダーグラウンドの聖地であった老舗のライヴハウス、
「メディア」のオーナー、現在は市議会議員になった
M中さんをこの物好きな社長さんに紹介したのです。
ちょっとコワモテの社長さんと、
細身で、文学青年みたいなM中さん。
♪
「そうか、じゃこの機材、全部でいくらなんだ」
「えーと・・・じゃぁ、●●万3,000円で」
「なんよー?その3,000円ちゅうあん、小遣いかよ」
「・・・・あ、・・・・●●万でいいです」
わたしもM中さんが金額を提示したとき
不謹慎にも社長さんと同じ気持ちになりました
3,000円ってなんやねんと。 ははは
そういうワケでライヴハウス?として
P&Gはスタートしたのです。
やんややんやw
富山のアマチュアミュージシャンの歴史を語る上で
この店ぜったい、はずせないよね
これ、何回かに分けて書こうかな
当然、最初は
当時結成したばかりのHEADACHEの話から。
笑える話満載でいこうぜ!
あっ
戦国イエス氏のブログ
「C級快楽動物園」と合同企画でいくっつーのも
いいかもしれんね
どうけ?w

左上から社長さん、
左からアキラさん、キヨシさん、ホンマ君(現AZVIBE)
ホンマ君ってさぁ、
このときってまだ10代のはずなんだよね・・・
オレ、最初見たとき
35くらいのおっちゃんだと信じて疑ってなかったんだよ・・
彼はいつもこの鳥打帽をかぶってて、
このカッコのままで
メイデンの「オペラ座の怪人」て曲の
ドラムを叩いていたかと思えば、
ルースターズのコピーバンドで
ギターを弾いてたりするのを見かけるたび、
この人に対するナゾは深まるばかりでしたww
西武跡地の前を市電が走っています
そこから中央通り(さんぽーろ)に入って東に150mほど歩くと
細い路地が横切っています。そこを左に折れて
また150mほど歩くと、3F建てのビルがあります。
まわりには小洒落た服やさんもあれば、民家もあります。
5月にあったスタークラブのライヴでは
けっこう店の中、めちゃくちゃにされたという話も聞きました
オーナーは、新川人ならではの気取らず飾らず。
できの悪いバンドにも分け隔てなく接してくれる
アニキ肌のオトコ。嫁さんもオーナーをしっかり
バックアップしています。アバウトなトコもありますが
いい店です。
そういうわけで
今はこの店が一番のおきにいりです。
夕べ、ぼーっといろいろ考えてる最中、
あれ、
そういえば
ここのビルのあった場所って
25年くらい前、「P&G」ってサパークラブだったよなー
今一緒にやってるAZVIBEのドラムスのバドーさんとは、
ここで一緒に「グリコ」ってバンドでYMOのカバーを
やってたんだなぁ、
あ、そういえば
ベースの戦国イエス氏と、ギターのホンマ君と知り合ったのも
ここだったな・・
なんて縁だろうかと。
というワケで
25年前に、ズーム・イン!w
P&Gってお店は
もともとは大人の社交場で、1Fから3Fまでを
ある社長さんが経営してて、この方がまぁ、
もの好きなヒトで
「ここでバンドをやりなさい!好きなだけ」
当時はこんな太っ腹な社長さん、
多かったです。
で、PAに楽器などの機材をどうしましょうか、
となったとき、ちょうど閉店が決まっていた
富山のアンダーグラウンドの聖地であった老舗のライヴハウス、
「メディア」のオーナー、現在は市議会議員になった
M中さんをこの物好きな社長さんに紹介したのです。
ちょっとコワモテの社長さんと、
細身で、文学青年みたいなM中さん。
♪
「そうか、じゃこの機材、全部でいくらなんだ」
「えーと・・・じゃぁ、●●万3,000円で」
「なんよー?その3,000円ちゅうあん、小遣いかよ」
「・・・・あ、・・・・●●万でいいです」
わたしもM中さんが金額を提示したとき
不謹慎にも社長さんと同じ気持ちになりました
3,000円ってなんやねんと。 ははは
そういうワケでライヴハウス?として
P&Gはスタートしたのです。
やんややんやw
富山のアマチュアミュージシャンの歴史を語る上で
この店ぜったい、はずせないよね
これ、何回かに分けて書こうかな
当然、最初は
当時結成したばかりのHEADACHEの話から。
笑える話満載でいこうぜ!
あっ
戦国イエス氏のブログ
「C級快楽動物園」と合同企画でいくっつーのも
いいかもしれんね
どうけ?w

左上から社長さん、
左からアキラさん、キヨシさん、ホンマ君(現AZVIBE)
ホンマ君ってさぁ、
このときってまだ10代のはずなんだよね・・・
オレ、最初見たとき
35くらいのおっちゃんだと信じて疑ってなかったんだよ・・
彼はいつもこの鳥打帽をかぶってて、
このカッコのままで
メイデンの「オペラ座の怪人」て曲の
ドラムを叩いていたかと思えば、
ルースターズのコピーバンドで
ギターを弾いてたりするのを見かけるたび、
この人に対するナゾは深まるばかりでしたww