実は、小5のときから飼っていた愛犬が
先日急性膵炎で亡くなってしまって。
なんとなく、日は経ってはいるものの
まだ受け入れられていない自分が
いたので振り返りつつ
思い出として記録しようかな~と。
長くなるかと思うのでスルーしてください。
小学生の時自転車の練習か何かで
父と土手に行った時に、綱をつけていない
黒白の犬が、一人でテコテコと
グラウンドを歩き回ってました。
それが、マークとの出会いでした。
普段は捨て犬?を見ても下手に手を出しても
可哀想だからほっておこうって
なるはずなのに、マークには
何かを感じたのか自分から近づいていって。
しばらく親子とマークで睨めっこが続いて。
何気なく、お手。って言ってみたら
ちょこんと手を上げてくれて。
これは近づいて大丈夫だ~って
親子で大はしゃぎ。
きっとどこかの迷子犬だろうと
たまたまそこを通りすがった同級生に
犬の綱を借りて、一度家に連れて帰りました。
もちろん母はただただ驚くばかりで。
何と言っても当時賃貸マンションに住んでて
ペット禁止だったんです。
でも、父が犬を拾うなんてよっぽどだし
何も言わずに管理会社の人に連絡してくれて
その日だけ玄関に入れることが許可されました。
次の日父と、マークを拾った近辺に
飼い主探しにいって、でも見つからなくて。
警察に届けに行ったんです。
もうわたしは号泣で。(笑)
黒白だから勝手にパンダと名付けて
いやだーーーー!と大泣き!
警察では一週間飼い主が見つからなかったら
保健所行きになります、と。
そこから父は、保健所行きになるぐらいなら
自分が飼うと決意を決めて、中古物件めぐり!
あの時の父親の必死さは
幼いながらも覚えてるな~

まあ結果、その時は飼い主が無事
見つかって、よかった~~で
終わったんです。
でもここからが何かしらの縁を
感じるお話で。
その、マークの飼い主というのが
幼なじみの、幼なじみのお母さんの実家という
話がどこからか舞い込んできて!
今度ぜひ、会いに来てやってください
ってことで、そんな遠くもなかったので
父とマークに会いに行ったんです。
そしたらまさかの、近所めぐりをしていたとき
通ったお家で!(マークがスルーした)
飼っている家の方は、ご年配の方で
散歩になかなか連れて行けないからと
放し飼いにしていたようで、
その放し飼い中に私たち親子が
拾って行ってしまった、と。
だからたまに散歩に
連れてってやってくれませんか?
とおじいさんに言われて、
そこから何度か散歩に連れて行ってました。
(当時は真夏でよくあのくそ暑い中
連れまわしてたなと可哀想に思います。)
でもいつのころからか
自分の犬でもないのに、散歩に連れて行くことが
父は無責任に思えたらしく
もうやめたほうがいいんじゃないか?と。
千幸ももう、行くんじゃないぞ、と。
それから、一軒家を購入し
引っ越すことになりました。
ですが、さすが小学生及川。
小学校が近かったので、
その後もこっそり会いに行ってたんです。(笑)
さすがとしか言えないですね。
そのときおばあさんから
及川さんの家、一軒家になったんでしょう?
この犬、もらってくれないかしら?
と、言われました。
わたしは目を光らせて走って帰り
母に
『マークもらってって言われた!』
と報告!大興奮でした。
そこからはもう大人のお話で
小学生の私にはわからなかったですが
(いろいろと大人同士で話し合いがあったそう)
マークがうちに来ることになりました。
連れてきてもらった日、
マークは振り向きもせず
一目散に飛びついてきたと
母は目に焼き付いていると
今でもよく話しています。
この出会いを思い出すたびに
やっぱり何かの縁があったんだろうな~~
なんて、ふと考えます。
それからというものの、
すっかり及川家の番犬となり
今まで外で放し飼いになってたような
わんこだったのに
いつのまにか、布団で一緒に寝るような
まるで人間のようになっていって。(笑)
大事な大事な
家族の一員でした。
辛い時も、悲しい時も
楽しい時も一緒に過ごしてきました。
お気に入りのシャープペンの上の
大事なキャラクター部分を
ガジガジやられて、
本気で怒ったこともありましたが。

ご飯食べなくなってきた時
勝手に年かなって決めつけて
なんで病院に早く連れてかなかったんだろう
そしたらマークはまだ
一緒にいれたのかな、なんて考えたりします。
急性膵炎、相当痛いはずなんです
動くのもやっとなはずなのに
マークはその素振りをまったく
見せなかったんだよなあ
きっと下手な心配をかけたくなかったんだろうな
なんて勝手に思ってます。
急に動けなくなって、
点滴がきけばいいけど、なんせ年だから
厳しいだろうって医者に言われた日も
点滴終わって連れて帰って
次の日ケロっとした顔で身体を起こしたから。
あ、大丈夫なんだな。よかった。
なんて安心して会社に行って。
迎えに行くから会社は早く上がって
父と母とアルも連れて迎えに行って。
朝あんなに元気だったから
きっと大丈夫だよね~~なんて
呑気なこと話して。
迎えに行ったら、そこには
ぐったりしてるマークがいて。
声をかけても、反応はなくて泣きそうになって
帰ろって声をかけたらかろうじて目を開けて。
でもその帰り、腕枕をしながら
連れて帰ってたら
すっごい安心したような
やっと帰れる~~って表情をしてたんですよね。

だからすごい不安だった。
すごく嫌な予感がしました。
帰ってからも横たわってて。
水さえも飲まなくて。
少しでも元気出たら、
反応したらいいななんて
兄とテレビ電話して。
兄の声聞いた時
くーーーん、って、鳴いて
あ、わかるんだなあって。
もうきっと今日はこのままだから
また明日ゆっくりさせよっか。
なんて、みんなでリビングで雑魚寝を
しようとしたときでした
腕まくらをして寝かせていたら
カプ!
って声にならないような声で吠えて
そのまま亡くなってしまったんです。
もう何が起こったのかわからなくて。
心臓マッサージとか気道確保とか
父と必死でやったけど、全然ダメで。
戻ってきて!!!!って叫んだけど
やっぱりダメでした
もう楽にさせてあげよう
っていう父の言葉が耳に残ってます。
それからというものの次の日会社で
号泣して周りに迷惑かけるわ
帰らせてもらうわで
しっかりしなきゃとは思ったんだけど
やっぱり無理で。
火葬の日もお休みもらって
無事見送ることはできたんです。
でもマーク本当に寝てるみたいな顔で、
普段寝てる姿そのままで亡くなってしまって
なんか実感湧かなくて。
マーク!起きて!って
声をかけたら起きないかなーとか
これが全部夢で、目が覚めたら
マークを思い切り抱きしめようとか
現実逃避の考えさえ浮かんで。
今これ書きながら
新幹線で号泣してるんですけど。
マークが視界に入らないのが嫌で
やったことのない羊毛フェルトにまで手を出す始末。

でも、何個作っても
似てるのが作れても
やっぱりマークがいないのは
すっごい寂しいです。
寂しいし、思い出すたびに涙が出るし。
でも亡くなる数分前
マーク!って呼んだら目を開けて
こっち見上げたんですよね
今思うと、私に父と母を支えてねとでも
訴えてたのかな~なんて。
亡くなる前にみんなに看取って欲しくて
時間選んだのかな~~なんて。
父からラインで、ちいが明るく元気に(本当はそうじゃないだろうけど)マーク作ってる姿みて少し気が楽になったよ、ありがとうとかきたり、母にも辛い時にそばにいてくれる家族がいてよかったとか言ってもらえたりして、少しはマークの希望に応える事ができたのかなー。
ふう
でも、でもね、
なんとなくまだ会える気がするんです
マークとしてじゃなくても
何かしらの形で
またうちに帰ってくるんじゃないかな?って。
だってあんなにも縁があって
運命のようにうちに来たマークだったから。
希望でしかないけど
もう生まれ変わりレベルで
私の子供にならないかな~~
なんか思い出話になりましたね。
なんとか前を向いて
マークの分もしっかり生きます。
マークの分も今いるアルを大切に。
いつまでもマークのことは
大好きです。

今までたくさんたくさん
ありがとう。
愛してます。