下記 引用です。
八戸三社大祭発祥の御宮 法霊山龗神社公式サイト
法霊山龗神社(ほうりょうさんおがみ神社)神社は、青森県八戸市内丸に鎮座する旧八戸藩の総鎮守社です。平安時代にはすでに存在していたことが記録上判明しておりますが、はっきりした創建は不明で、郷土史家や研究者の方々によって弥生期・飛鳥期など諸説ございます。また、約300年近く続く夏の祭り「八戸三社大祭」発祥の神社であり、また神社直属の神楽組「法霊神楽」でも皆様に親しんで頂いております。
八戸三社大祭は、おがみ神社の他に長者山新羅神社、神明宮のあわせて3神社合同で行われる大祭式の例祭で、3神社の神輿渡御行列に27台の豪華絢爛な大型山車が附祭として御供をし、法霊神楽の一斉歯打ちも行われます。
鉄道・バスなど交通の利便性が良い場所にあり、また、毎日8:00~17:00までは拝殿扉を開けており自由に入殿頂けますので、お近くへお越しの折はどうぞご参拝ください。
当神社は、源義経が平泉で自害せずに北へ向かったという義経北行伝説ゆかりの場所です。
鳥居の建つ場所は義経正妻の京久我大臣姫が自害した場所と伝わっており、手鏡が所蔵されています。
また、江戸期にこの地方に伝わる義経北行に関する口伝を書き留めた「類家稲荷大明神縁起」という古文書が本殿より発見され、現在市立図書館にて保管されています
歴史・御由緒 3 ~ 修験者「法霊」の御霊を合祀
鎌倉時代初期のとある頃、八戸地方では日照り続きで農作物に深刻な被害が出ていました。 この頃、熊野などで修業を積んだ「法霊」という高い徳を持った霊験あらたかな修験者が、様々な土地で教えを説きながら東北の地に戻ってきていました。 この法霊は、鎌倉幕府誕生の頃の功により源頼朝より北東北の所領を与えられた工藤祐経の一族である工藤祐道の末裔で、その先祖代々の土地に戻って来たことになります。
八戸村に入った法霊は雨乞い祈祷に優れた山伏であったため、不作に疲弊する人々に乞われて雨乞いの祈祷をすることになり、寝食を忘れ必死に御祈祷を執り行いましたが、その甲斐むなしく雨を降らせることが出来ませんでした。
人々の落胆ぶりに心を痛めた法霊は、その命を捧げるので雨を降らせてほしいと願い、三崎社内にあった池に身投げをするという行為に及びました。 すると、投身した池から法霊が龍に化身してたちまち天に登り、にわかに空に暗雲が立ち込め、恵の雨を降らせたという伝説が伝わっています。
この御神徳に涙し、心より感謝した人々は、法霊の御霊を三崎社に合祀して「法霊社」という神社としてお祀りすることとなりました。