吉本さんの死を知ったのは、昨日の午前5時ころだったろうか。

なぜか、そのことに現実感を持てなかった。

テレビのニュースを見てもそうだった。


仕事の帰りの運転中に突然涙が溢れ出した。

声を出してしゃくり上げるように泣き続けていた。

途中で運転ができにくなり、車を止めて泣き続けていた。


わが生涯の師が亡くなったのだ。

とうとう一度もお会いできなかった。


T大の3年のひとの部屋に遊びに行ったことがあった。

壁中が本だった。

その中に吉本さんの本が堂々として並んだのを見て、腰を抜かしたことから始まったのか。


いつしか貪るように読んでいた。

金がないから神保町の古本屋を毎日のように歩き、吉本さんの本を探し続けた。

マルクスを語れないものは、何も語れない人間だ。

そんな風潮だった。


そんなとき吉本さんの本は、砂漠を歩いて乾いた喉を潤して、

生き返るような喜びと生命の躍動感を与えてくれた。


まさに、たったひとりで決然と立っていた。


激しい論争は長く続いていた。

吉本さんは、<知識人>と呼ばれる学者たちと徹底的に戦っていた。

どこかの国の有名な学者や思想家の言葉を引用して、さながら自分の思想のように振舞っているもの。

教条的に膠着化した思想で、こころを縛り付けるもの。

彼らエセ知識人との戦いは、そこまでやらなくてもと思うほど徹底したものだった。


味方は少なかった。

そんなことは考えずに傷だらけになりながらも不毛だと思わず
闘う姿こそ、<思想家>ではないかと思った。


著作の難解さは有名だ。

<共同幻想論>はどれほど読んだかわからない。

<言語にとって美とは何か>今でもほとんどわからない。

それでも、わたしはとにかくこのひとに食らいついていこうと思った。

勝手に弟子だと思うことにした。


わたしのプロフィールに「ふつうのひとです」とあるのは、

「大衆の原像」という思想の根幹をじぶん流に使ったものだし、

「人」を「ひと」、「言葉」を「ことば」とよく書くのは共同幻想論の影響だ。


このひとは、物事を根柢から考え続けようとした。


「自立の思想的拠点」「高村光太郎」「源実朝」「情況への発言」

「心的現象論」個人幻想をこれほど掘り下げた本はない。

わたしが「こころ」を大切にというのもここから来ている。


「心的現象論」は長く単行本にならなかったが、ようやくなったようだ。

わたしは吉本さんが作っていた「試行」で読んでいた。

もっとも重要な著作だと思っている。


いつだっていまの情況を本質的に捉えて教えてくれていた。

わたしも、じぶんの思想を作って、表現したいと思っていたけれど、

恥ずかしいことに体系化することはできなかった。


吉本さんは、じぶんを貫いた。

たとえ親しいひととでも考え方が間違っていると思うと戦った。

考え方がひとを陥れてしまう可能性があつたからだ。

ほんとうに辛かったと思う。

だからこそ、稀有なひとだ。


戦後は何も終わっていない。

資本主義は発展したのか?。

これからの社会はどうなるのか。

どうして<こころ>が干からびてしまうような感覚に襲われるのか。

わたしたちが望んだ世界はこうだったのか。

問いは尽きない。


どこかで、そんな問題を深く考えてなんらかの表現をしてくれるひとは必要なのだ。

力のあるものたちに情報は操作されていることを忘れてはいけない。


ものごとを考える視座はどこか。その指標はなにか。

原点はなにか。根柢にはなにがあるのか。

わたしたちが幸せだと思える社会はどんなものか。


吉本さんはヒントを提示していたのかもしれない。

100冊以上の著作にその宝物はある。


ひとつの時代が終わったのではない。


いまはどうされているのか。

わたしたちを心配されていると思う。


あの優しいまなざし。

最後までじぶんも大衆のひとりであり続けた。

その視点から世界を見なさいと言っていた。


その思想はわたしのものになった。

いまでもよく理解できていないけれど。



ひとは名誉や地位、財産、学歴ではない。

ふつうの無名の大衆のひとりとして生きること。

その視点から世界を眺め続けること。

そんなわたしの生き方の原点を教えていただいた。



空には、闘いきった吉本さんの微笑みが見えるような気がする。


宮沢賢治や石川啄木を愛した詩人でもあった視点から

わたしたちを見つめてくれているような気もする。


ふつうのひとたちを苦しめるようなものは本質的に問題じゃないか。

震災や原発や異様なデフレで苦しむわたしたちを見つめ続けている。


生老病死についてどれほど教えてくれたか。

親鸞や宗教についてどれほど語ってくれたか。


車椅子で講演を全力でやっていた。

それを仕切ったのはあの糸井重里さんだ。


吉本さんの車椅子を押しているときの糸井さんの表情を忘れることができない。

最後の最後までついていたひとだ。

足腰やうまく言葉が話せないために、全身全霊で尽くしたひとだ。


わたしは怠惰な弟子だと思う。

泣いていたときは申し訳ありませんと話していた。

「セイゴウくん。そうじゃないよ。
 これからはきみたちが考えて、表現して、行動したまえ。

 ある問題が起きたら、わたしがどう発言するのか、
 いつまでも気にしていたら、まだ自立していないということさ。」


吉本さんの思想の根柢には<愛>があった。

照れくさがりやだからそんな言葉は使わなかったけれど、わたしは知っている。

ふつうのひとたちへの限りなく温かい眼差しがある。

住まいも東京の下町から決して離れようとしなかった。


もっと吉本さんのことを書けていればとずっと気にしていた。


手を上げながら、まるで虚空を凝視するように話し続ける吉本さん。

ようやく文庫本が増えてきた。

吉本さんについて書いているひとも増えてきた。


全てはほんとうにこれからだと思う。

吉本さんの思想はこれから多くのひとに理解されるようになって欲しい。

まだ遅くはない。

これから、少しずつでもその思想を語り継いでいきたい。

それがわたしの務めだと思う。



吉本さん。

ほんの少しお休みください。


もう、別の宇宙まで行ってしまったのだろうか。


わたしたちの幸せは、わたしたちが作り上げていくという気持ちをあらためて感じている。

いまのわたしたちは、全く未知の世界に入り込んでしまった。


そんな情況だからこそ、あなたの思想はこれから真の意味で生きていくのでしょう。

人類のいまとみらいのために。