新しい家に引っ越すので いろいろお片付けや準備に追われている毎日です。
これが最近の私。 以上!(笑)
アメリカで繰り返される私の毎日ですが、日本で起きるニュースはなるべくチェックするようにしています。
去年の秋に2年半ぶりに日本に帰国したおり、世論とか日本の動向にちょっと驚いたり、芸能情報についてはまったくついていけなかった・・・芸能情報はまあ良いのですが、、、、やはりもっときちんと日本の日々の出来事にきちんとついていきたいと深ーく感じたのです。
日本のニュースをまめにチェックしていて、感じるのが
あまりにも残酷な事件が多すぎる!!ということです。
もちろんこういったことは世界のどこででも起きている事実ですが・・・
私はアメリカで生活するようになって、改めて日本文化を勉強しなおしたり
日本人気質に関する文献を読むようになりました。自分なりに客観的な視野で
日本人としてのアイディンティティを意識することもありました。
私たちは日本人の傾向は、緻密、繊細、周囲の空気を読むのがうまい、規律を守ることに長けている、
和を重んじる独特な文化、、など誇れる評価が他国の人からもあげられています。
こんな事実とは対照的な日本のニュースを目にするたびに、心が痛みます。
最近で、中学1年生の生徒さんが事件に巻き込まれ、とてもショッキングでした。
他者の痛みを自分のことのように認識する・・・・
これはなかなかできることではありません。
人が事故にあっても、命を落としても、
その事実に驚くことはできても、その一歩先に踏み込めることができる人が
どれだけ世間にはいるのでしょうか?
子供が不幸になる・・・というのは
社会に歪みがあり、我々大人の責任であることは否めません。
私が中高生の頃を考えてみると
周囲にいる大人はみんな厳しい人たちばかりでした。
規律を強制される中で、
自己コントロールを学び、
自己が抑制されすぎると、
今度は個性について生意気に考えるチャンスが与えられました。
時に暴走してもやはりそこには厳しい大人が目を光らせていたので、
怒られるからやめよう・・・というのも大切なプロセスであることが今ならわかります。
人はみな様々な人生を歩んでいきます。
と、同時に10代~20代前半というのは独特な苦しみ?のようなものが
共通にあるような気がします。
狭い視野の中で、広い世界に向き合わう時期に突入するからでしょう。
もう一度10代後半から20代をやり直したいか?と聞かれたら
絶対嫌!!!です。あんなセンチメンタルなナイーブな時代はやはり嫌です。
でもその時代を乗り越えると、やっとやっと大海を自由に泳ぐことができることも事実です。
人は時の流れと共に、生きる逞しさを身に着けていくのでしょう。
いろいろあっても楽しい毎日と思えるのも、よい意味でふてぶてしくなれた証なのかもしれません。
日本という社会が若者たちを立派に世間に送ることができる社会であることを
祈っています。
10代や20代で命を落とす・・・なんて 大切な宝物を失うことです。
それが自分の子供でなくても、同じことを意味すると感じるこの頃です。