自分のスタイルではないんだよな~とちょっと後ろめたさを思いつつ

アメリカに来てから、EMAILの力をかりてのコミニケーションが多くなった。

クリスマスから年始にかけて、メールにてご挨拶をすることが多くなった。

でも大切な方々の近況を知り、人々の前進や思いを知ると

自分も返信などをし心の底からエールを送りたくなります。


だからメールも悪くない・・・そう思うことにしました。


さて、年頭に思ったことを書こう・・・・ニコニコ

長年交流している大切な先輩友達がおります。

私から見たら、大きな仕事をして、『すごいな~』と思っているのですが、

それでも仕事を通してや、日本や世界のニュースを聞くたびに 『無力さ』を感じてしまう。と

それでも『ベスト』を尽くすという内容のメールをいただきました。

こんな方が無力さを感じているなら、私などはどうすれば良いのだろう・・

と思ってしまったではないか~先輩!!私なんて・・・小さなアリだわ・・いやノミだわあ。


こんなノミのような私だが、強烈な物事の信じ方がある。


どんな人でも、やれることに限界はあるようだ。

でも一人ひとりの力が集まり世間は動いている。

大きな部分ではやはり限界など引く必要はないのだろう。


とても不公平なのだが、、人には能力の差は当然ある。体力の差だってある。

が、人には必ずオリジナルな才能がある。

その才能を信じやっていくこと、またその才能を発掘するのは自分しだいだ。

自分が持ち合わせた才能を人と比べる必要はない。


最近のニュースは切羽つまったもの多い。

どこに向っていくのか分からないものも多い。とうぜん自分の無力さを感じることが多い。


相変わらずアメリカの不景気は深刻だ。

日本にも景気・国際関係など深刻なトピックが多い。

震災地の復興・放射性物質による汚染がどうなっているかなど、

力を合わせて解決していかないといけないことが多い。


無力を感じてもあきらめないこと。

いや、無力なんて言葉を使う必要はない。

微力なら誰だってもちあわせているはずだ。


10ドルが100ドルに姿を変える

その100ドルが合わさりいつの間にか1000ドルになっていた。

年月を重ねたらその1000ドルがすごい数字になった。

こんなマジックを渡米当初たくさんの移民の方に聞きました。

そしてそれを強く願った時に、このマジックは自分にも起きていた。


無力なんてことはない、微力は使い方によって強力になると、どんな分野でも強烈に

祈ることにしている。

自分の周りで起きるマジックみたいな面白い出来事を

時に奇跡と呼んだ方が良いのだろうか?


奇跡は、自分が微力であっても、強烈に信じ込んだ者にのみ

起きてくるような気が最近する。