2024/03/8

《かんぱい》


「花岡くん……」

「本宮……俺の気持ち わかってるよね」

「花岡くんの気持ち?」


泳ぐにはまだ早い季節 誰もいない海 

眼の前に波が打ち寄せそれが砕けて砂の上を這う

無言でみつめる侑里と彰人

先に口を開いたのは侑里だった


「気持ち……花岡くん最初 嫌そうだった」

「あ あの時は……」

「いいの わかってる」

互いに苦笑いして そして見つめ合う 

「でも…いつからか ずっと…好きだった」

「花岡くん……私も」

海風で少し冷えた侑里の指 

その手を握ると すうっと消えてしまって 

彰人の手ははただ拳になっているだけ

「え?本宮?」

その手を探して 彰人の手が彷徨う

「え?どこにいった?」

そのとき指先に触れた平たい物体 そして振動


はっと目が覚めた

夢だった


(リアルな夢だな……まいった)

彰人はまだ震えているスマホのアラームを止め

天井を見た 

目を閉じれば 続きがみられるだろうか

そうしなかったのは どんなに夢をみてもそれは夢にすぎないから 

現実は 同じ志をもつ友人にすぎないのだ


本宮には付き合っているヤツがいるんだろうか

そんなことは聞きたくないし もしも彼氏がいるとわかっても何も変わらない これまで通りだ

もし告って 気まずいことになったら……仕事だってやりにくくなる

だから このままでいい 


彰人には これから歩んでいく ずっと先もこのままだと思っていた それで十分だった



その日は ゼミの先輩との約束があり

駅で待ち合わせた侑里と電車で二駅


指定されたビルはすぐにみつかり

受付を通して ロビーで待つ


「やあ……花岡 久しぶり」

「お久しぶりです あ」

彰人が隣を見ると 侑里が頭を下げた

「本宮侑里です この度はありがとうございます」

「津田将一です……よろしく じゃいこうか」


ビルをでて すぐ近くのカフェに入る

既に奥の席で待っていた女性のもとに先輩が向かい 

あとから彰人 そして侑里が続いた


池本真尋

菓子製造技能士の資格を取り 見習いとして働いていた真尋は正社員として働ける会社を探していた

同じ高校だった津田に ショコラティエを探している彰人たちのことを聞かされ……といういきさつ

「真尋 高校の頃から言ってたもんな ショコラティエになりたいって」

「はい 小さい頃からの夢だったんです」

瞳を輝かせ微笑む真尋は好印象だった

津田の昼休憩であったこともあり 4人は思い思いのランチメニューを頼んだ


食べている間 

池本真尋の経歴をきいたり

彰人は起業に向けての進捗を説明したりして

あっという間に時間が過ぎていった


「後日連絡します」と言って別れたが 彰人は池本真尋の採用を考えていた

侑里も同じ考えであることを確かめ

その日の夜に 彰人は津田に電話した


「先輩……池本さんの採用を考えています」

「おお そうか そりゃあよかった」

「改めて ゆっくり会いたいのですが」

「わかった 真尋はいいやつだからきっとうまくいくさ」

その後は軽く雑談となった

「ところで先輩……池本さんと先輩って…?」

「気づいたか?元カノだよ 高校だったけど」

「そうなんですね」

「でも 真尋も俺もそのあとは友達 後腐れもないよ それより そっちはどうなんだよ すげえ美人じゃん

えっと もと……」

「本宮とは なんでもないですよ」

被せるように否定しつつ 先輩が本宮を好きになったら……と思うと 落ち着かなくなる彰人だった

「大丈夫だよ 俺は今 彼女いるから…」

見透かされたようで恥ずかしかったが

「今は……会社を起こすことで頭がいっぱいです」

そう言うと 津田の笑い声がきこえてきた

「ま 早く会おうぜ せっかくだし」

近々の再会を約束し電話を切った


彰人は今朝の夢を思い出す

ずっと大切にしたいものが自分にはある

それは壊したくないし 失いたくない……


その後 4人が再会したのは

すぐに帰れるよう 駅チカの居酒屋だった


3人はビールのジョッキを 彰人はウーロン茶のグラスを持ち『これからよろしくお願いします』の乾杯

その後は仕事の話は抜きで 近況やら昔話に花を咲かせた


「花岡は飲めないからなぁ 気をつけろよ」

「大丈夫です つまみもアルコールの気配のあるものは食べていないので」

彰人の言葉に侑里がくすっと笑った

酔うほどに 先輩は饒舌になっていった

「真尋は?いまは?彼氏いるのか?」

「そんなの 秘密ですよ」

本当に後腐れがなさそうで 彰人も気を遣わずにすんでホッとした

知らなかった侑里は驚いて2人を見る

真尋の大きな目と澄んだ瞳 聞こえた心の声

(3ヶ月付き合った彼氏と別れたばかりなんて……ここで言うはずないわ)

侑里は慌てて目をそらし ジョッキを口にし傾けた

 


先輩が真尋呼びを繰り返すので

彰人も侑里もその日から真尋さんと呼び 

いつしか『真尋』と呼ぶようになっていった


起業に向け3人で会うこともあれば 彰人は侑里と2人で また真尋と2人で会うこともあった

そして侑里と真尋が女同士で仕事抜きで会うことも増えていったのも事実

それを温かく見守る彰人だった


つづく


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#中川大志
#花岡彰人