六本木の駅で降りて
長いエスカレーターで昇ってゆく

近づいてくる空は もう 暮れる寸前の深いブルー

クリスマスを迎える師走は まさに慌ただしく
仕事で疲れた体は 少しでも早めの安らぎを欲しがっていたけれど
それでも 赤や緑の色とりどりの景色が近づくと
心が浮き立ってきた

待ち合わせは 映画館のビルの前
巨大なクモのオブジェの横を通りすぎてゆく

待ち合わせの相手は・・・恋人?友だち?
会うのは3回め

あと3週間たてば クリスマス
その頃には もっと距離が縮まって
素敵な夢を見られるかしら

約束の時刻まであと5分
18:55の数字を確認すると アラートの文字が現れた

スミマセン・・20分ほど遅れます

はい わかりました😊

そう LINEの会話もぎこちなくなったり タメ口になったり
私たちの関係は 何と呼べばいいのか 決まっていない

返信して  薄い板を両手で包む
にぎわう人たちを横目で見ながら
彼との初対面の日を思い出していた

あれは1ヶ月前

友人の映子が北海道から上京して 六本木のホテルに泊まるという

私は同じホテルに予約を入れた
この季節 インフルエンザも流行り始めている
外で呑んで また部屋に戻ることを考えると

おつまみやお酒を持ち込み
部屋で呑んだ方が 色々と都合がいい
周りに気がねなく 好きな話をできるのもいい

同じ部屋でもよかったが
彼女のプライベートの都合があるかもしれない
上京の理由は 連絡を聞いた時点では尋ねなかった

映子は 昨年結婚して 知り合いが誰もいない北海道に行ってしまった

たまにLINEでやりとりするが
ほとんどあいさつ程度
だから 『ダンナと上手くいってるか』とか
『仕事は順調か』とか それさえもわからない

一年ぶりにあった映子は 何も変わっていなかった
私の部屋で ワインで乾杯
ワイングラスではないが ホテルの備品は
なかなかお洒落なグラスだった

「どうなの 札幌は」
「うん もう雪がちらついてさ また寒くなることを考えると 憂うつ」
映子はとくに寒がりだったと思い出した
私たち仲間は そんなところに嫁いで大丈夫かと心配したことも思い出した

「愛があれば大丈夫・・って?」
一年前と同じことを訊いてみると そうねと映子は笑った
「それよりさぁ フロントに すごいイケメンがいたよ」
相変わらずだ
映子はこのての話が好きで ミーハーなところがある
でも そんな映子が一番先に結婚して落ち着いてしまった

でも 変わってない 
映子のことを笑ったけれど 私も実は同感だった
「先輩に 似てた・・・」
私が大学の時に好きになった1つ上の先輩
でも 既に彼女がいて 告白さえできなかった
先輩が卒業するまで 
私は他の誰をも好きになることなく
片想いの3年間だった

「でしょ? そう思った 私も」
多分 誰が見てもそう思うくらい 3年間片想いした先輩にそっくりで チェックインしてから 浮き足だっていたのだけれど
映子が話題にして
ワインを口にしたら
気持ちが高ぶってきた

「素敵だったよね」
「うん・・・私 受付の間 ずっと顔をみてた」
「受付 3人いたでしょ ひとり女の人
もうひとりの男の人もかっこよかったけど 」
「中崎さん・・だよね」
「そう ネームプレート見ちゃった・・・あ!」
映子が 何か思い出したようだった

「どうしたの?」
「受付のときに 身分証明書の提示を言われて・・」
「うん 私もみせたよ 免許証」
「私 先に運んでもらってたキャリーに入れておいたから 後から持ってきますと言ってたのに 忘れてた」
それでも 部屋に入って20分ほど・・
「じゃ すぐに行った方がいいよ」
「うん 一緒にいこうよ 中崎さん いるよ きっと」

照れ臭いけど 私はその気になっていた
「はい 確認できました ありがとうございます」
小さいカードを両手で こちらにむける
その 綺麗な指に見とれていると
中崎さんが 
「わざわざ もう一度 ご足労いただきまして
ありがとうございました」
順番に私の方にも顔をむけた
あ! 私は あわてて視線を外し いえいえ・・と微笑んだけど 明らかに挙動不審だったかな

でも 得した気分

もちろん 部屋に戻ってから 映子との飲み会がさらに盛り上がったのはここだけの話

「ほんと 先輩によくにてるし 素敵だわぁ 中崎さん」
「私 おかしかった?指を見つめてたの バレた?」
「大丈夫だよ それに これからどうなる相手でもないでしょ」
「だよね また ここに泊まりにくれば別だけど
それでも 彼がいるとは限らないし・・」
「現実的じゃない 観賞用・・」
「観賞用かぁ 確かに 目が潤ったわぁ」

こんな話 本人には聞かせられないし 第一に失礼
わかっているけど お酒も進んで ついエスカレートしていたのもある
「ねぇ どうして こっちに?』
尋ねてみたら なぁんだという理由だった

キャンペーンのプレゼントだったホテルの宿泊券が当選し ダンナ様も「行っておいで 実家にも顔をみせてくればいいよ」と 送り出してくれたらしい

「なんだ 幸せじゃん  訳ありかと心配したよ」
「訳あり?」
「元カレと会うとかさぁ 何かあったのかと・・」
「考えすぎだよ それに そんな心配してて 同じホテルとる?」
「あ!そうか・・・」

それぞれ近況を話したり 仲間の噂話 をしたり
気づいたらとっくに0時をまわり むしろ1時に近かった

「お風呂も入らなきゃ そろそろ寝ようか・・」
明日は この近くにオープンしたイタリアンのランチを食べようと約束してお開きにした

ドアをあけ手をふる映子に 私も窓際のソファに座ったまま 手を振った

あ!免許証!
後から思えば 翌日でもよかったのだけど 私は免許証を手に映子をおいかけた
ドアをあけたけど もう姿はない 
角を曲がってもう エレベーターの前なんだろう
あ!

自分の部屋に閉め出された私
やっちゃった・・・
映子の部屋の番号はスマホのトーク画面にあるが
スマホは 部屋のテーブルの上
7階だということは覚えてるけど 
「何かございましたか」
エレベーターを下りた私が 
フロントに近づくと 顔をあげたのは
中崎さんだった

あぁ 今は別の人がよかったかも
さすがにどんくさい

エレベーターの中でも私からは言葉がでない
ドアの前で中崎さんも黙ったままだった
5階までの短いはずの時間がやけに長く感じた
私は カーディガンを羽織っているとはいえ その下はキャミソール  
それに気づいて胸元をカーディガンで覆ったけど すでに遅し!
「それで?ずっと話もしなかったの?」
映子はパスタをくるくるとフォークに巻き付けながら苦笑いをした
「部屋の前で キーを差し込んで『 はいお待たせしました』と 笑ってくれたわよ 私はすみませんでしたって言うしかないし カーディガンも両手で押さえて 変な格好で もう最悪」
「でも ほら 会うこともないわけだから もう」
映子の言うとおり 先輩に似ていて
少しときめいた中崎さんとは 何も起こらない 
私もパスタにフォークを近づけた

「聖美  あの頃からそうだったね 入学して 先輩に一目惚れして・・でも 彼女がいるってわかったときは
部屋でみんなで残念会して 大泣きしてたよね
それから 誰のことも好きにならなかったよね」
「忘れられないよ そばにいるんだもん・・それ以上好きになれる人が現れれば 話は別だったけど」
「新しいことに飛び込める性格なのに 恋愛は違うんだよねぇ 見た目もそうは見えないのに シャイ」

そこは自分でも不思議
誘われることもあったのに 理由をつけて断って
恋愛に踏み出せなかった
先輩が卒業して 4年になり 
就職して社会人にもなって
何人かと付き合ったけど 長続きはしなかった

「映子みたいに 幸せな結婚 いつになったらできるかな」
「幸せ? 幸せ・・かぁ 幸せなんだよねきっと」

そうだよ 
改めて幸せなんて考えたりしないことが
幸せなんだよと 映子の左手の薬指に
目がいくと そこには 目映いリングが
キラリと輝いた

オリジナル5作め
全5話となっております
(最初 4話と言って 間違えました)

六本木のホテルマン 中崎涼太 
大志くんに演じていただきます
てへぺろ

最後までご覧いただけたら 嬉しいです🙇‍♀️