Day of a rain | 月に日に異に

月に日に異に

空の下の毎日

雨の日の記憶は、一番確かな記憶はこれだけ。

 

 

 

 

10年くらい前だな。

前住んでたアパートに父が来た時の思い出。

家人と、結婚はまだしてなかったけど一緒に暮らし始めてて、様子を父が田舎から見に来たんだった。

 

 

 

前の晩、東京に来た日はうちの最寄り駅で、父と家人と、中華料理屋でしこたま呑んだ。

料理が美味しくて、ビールが不思議な味がした(以後、『あん時のビール、焼酎で薄めてあったろ笑』と父がおかしそうによく話題に出す)。

その後3人でカラオケに行ってから、父は近くのホテルに泊まった。

 

 

 

翌日は家人が何か用事があったんだったかで出かけてた。

朝、ホテルからそのままうちに来た父は、アパートにあがり見渡して

「ほおー ま、いいとこじゃねえか」

 

 

 

 

いいとこなんかじゃないんだ。

木造2階。 A3用紙サイズの玄関。 外と全く同じ室温の台所。 脱衣所の無い、カチカチ栓を回すガス風呂。

畳の6畳間二部屋。 サッシも壁も薄々。

それでも窓を開けると目の前は広めの駐車場で。日当たりだけは良かった。

 

 

 

その日は今日みたいな雨が朝から降っていて、

窓際に私が独り暮らしの時から愛用している座椅子を持ってきて父を座らせ、私はニトリの座布団で二人インスタントコーヒーを飲んだ。

 

 

「ここんちは客用のコップもねえのか」

「いやまあ。とりあえず。」

「・・・・・へっ」

 

 

会話はそれくらいしか覚えてない。

暗くも明るくもない曇天の、

強くも弱くもない雨音を聞きながら父は、うつらうつらし始める。

ごく小さい鼾をかいてすぐ途切れる。

たまに目を覚まして窓の外を見ながらコーヒーに口をつけ、またうつらうつらとする。

 

 

 

どれくらいの時間そうしてたか、

ふと「昼飯くうかー」と父が、はっきり目を覚ましたらしく、

「雨やまねえなぁ」と言いながら、また駅に二人で向かう。

今度は別の、ちょっと良い綺麗な中華料理屋でお昼。

単品で麻婆豆腐やエビチリなんか頼んでゆっくりつまみながら、ビールを二人でぐいぐい飲んだ。

「お前と一緒だと中華ばっかだな笑」

いたずらの共犯者みたいな顔でニヤニヤしながら呟く。

 

 

 

「んだらな」と、会計を全部してくれて昼から赤い顔で東京駅行きに乗った父を見送り、

私は駅を出てビニール傘を広げる。結局、雨はその日はやまなかった。

 

 

 

 

 

 

今日みたいな雨の日は、何年経っても、この日の記憶ばかりなのです。

あのアパートの、窓越しの雨、父の鼾。

 

ホッとまどろむような、きゅうとせつないような、忘れられない雨の日なのです。