1989年2月9日…言わずと知れた手塚治虫先生の命日である。


月命日になると、決まって観る物がある。NHK特集「手塚治虫創作の秘密」のDVDである。亡くなる前の年頃に撮影された、執筆中の姿をとらえた貴重な映像である。都内某所のマンションの一室にこもり切り、3日間で2時間の仮眠をとっただけで描き続ける姿は狂気の様にすら見える。


そして、言う「僕は絵にコンプレックスが有ってね・・・。後は老齢化で手が震える、昔はいとも簡単に描けた丸が目に見えて震える。この2つが、解消すれば、アイデアはバーゲンセールしたい程ある」のだと。


恐ろしさを感じる程の創作力である。萩尾望都先生がアシスタントをしていた時代に、「物語が中々浮かばなくて…」と言ったところ、「なんで?」といとも簡単に答えたというエピソードがある。


そして、今の漫画家の当たり前になっている「ネーム」が存在しないと言う事実がある。


ネームとは、事前に別の紙に簡単な絵で割り振りなどを決める、言わば設計図である。石ノ森章太郎先生辺りが始めた技法であり、トキワ荘世代の諸先生方は皆ネームを使用するが、手塚先生の場合原稿用紙に丸程度のあたりをつけ、いきなりペンを入れるのである。


それには驚かされた。


更にはデビューが18であり、マアチャンの日記帳でデビューした時、子供が描いていると言われるのをおそれ20歳と偽っていた事が没後に発覚。実は58歳で亡くなった事実…。


100歳までは描き続けたいと願っていた先生は、激務と不節制が原因の胃がんで亡くなる。奇跡の腕でガンを治す、ブラック・ジャックは現れる事が無く、何とも言えない一生であったとしか言いようがないのが残念である…。