昨日の続きです。

 

実は「まともに働いた」のは昨日の記事のデイサービスが最後。

ここからの事は履歴書には書けない、書きたくない「黒歴史」です。

 

退院して正式に高齢者施設を退職してから僅か1か月後に主治医の方から就労の許可が下りました。

その一方、高齢者施設の事務方から傷病手当の案内があり、受給できる事になりました。

傷病手当を受給しながらゆっくり養生して、体調が整ったら次の仕事を探せば良かったのでしょうけど、ホームセンター入社までの空白期間の苦労があったので焦って就活を始めました。

 

次の仕事は3件くらい落ちた後、就活を始めて1か月くらいでアッサリと決まりました。

 

特別養護老人ホーム。

フルタイムの臨時職員。

介護士。

ホームセンターとは反対方向のクルマで40分くらいの村の施設。

双極性障害はクローズで。

 

デイサービスより重度の高齢者相手ですし夜勤もあるし、不安は大きかったです。

ただ主治医に障害年金を拒否されて、何が何でもやるしかなかったのです。

 

初日。

何も出来ませんでした。

2日目も。

先輩方の指示が、「一人でやってみて」だったり「勝手にやるな」だったり、右も左も分からない状況で半ばパニックになりました。

 

只々、自分の無力さを感じて落ち込みました。

そしてわずか入職2日で所長さんに病気の事を明かし、退職を願い出ました。

所長さんは、「最初から明かしてくれれば対処したのに。負担が少ないようにするから残ってくれないか?」とありがたい事を言われましたが、精神的に参ってしまって退職する事にしました。

 

さて、困りました。

僅か2日でも一旦就労するともう、傷病手当受給の資格はなくなります。

収入が途絶えました。

更に焦りは酷くなり、職種を選ばず「入れる所ならどこでも」と。

そしてまたアッサリと次の仕事を見つけました。

 

市内の南部せんべいの食品工場。

フルタイム・臨時従業員。

せんべいの製造ライン。

 

モチ状態の煎餅が焼きの型に流れて行くのですが、それのはみ出たものを修正して並べ直す作業。

立ちっぱなしの仕事。

 

これはもう半日でダメでした。

元々組合のスタンドで腰痛持ちになっていたのが更にデイサービスの仕事で悪化させました。

立ちっぱなしでも歩いたり動きがあればまだ平気なのですが、ただ同じところに立ちっぱなしで手だけ動かす仕事は私には無理でした。

 

半日やっただけで足腰が痺れてまともに歩くのさえ困難になりました。

それでもう、1日だけで辞めました。

 

ここへ来て主治医の方からお𠮟りを受けました。

「何でそんな無茶するの?、診断書は書いてあげるから障害年金の申請をしてしばらく養生しなさい。」

 

仕事に就くのは一旦中断して障害年金を受給する事になりました。

 

ただ、主治医の「療養に専念しなさい」は半分ホントで半分はウソになります。

それは障害年金の裁定結果でした。

 

そして私はまた、次の仕事を探さなければならなくなります。

 

長い長い職歴の記事も次回が最後になります。

 

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