登山教室の想い出をもう一つ。
M月女史という熱い国語のオバチャン教師がおりまして
麻呂 この先生嫌いじゃないんですけど いま 顔を思い出せって言われても たぶん無理と思います。
麻呂ね 中学受験で 何がよくて受かったのか わからなかったんですが
この先生が こっそり教えてくれたことで いろいろと自信に繋がったことが多々あります。
「流石はねぇ 算数は駄目だけどね 国語 一番だったんだよ^^」
麻呂の学校の受験は算数と国語 作文と面接でした。
算数が駄目でも 国語と面接がOKなら 受かっているという仕組みでしょうか?
それでも クラスは14人1クラスしかありません。
倍率は 高かったと思います。
「流石 文芸部に来なさいよ」
そう言ってくれて入った文芸部では他の同学年の部員の作品を麻呂が書いちゃったことがバレたりして 苦笑いされました。
「作風でわかるのよ どう変えようったって ノウミソは一個なんだから」
今 考えるとそうなんですよね (=´▽`)ゞ
でも結局締め切りもあって そのまま3作品載せられてしまったんですが
あの同人も何処に行ったのやら (=´▽`)ゞ
ま そんな 話は 置いといて
麻呂 中学3年 登山教室最後の学年になった時のお話なんですが。。。
毎年 登山教室の蔵王と言ったら 雨は降らないものの常に雲があったりして ハイテンションではなかったのです。
ですので 登頂のお釜などは見れるはずもなく 2年間、地蔵岳どまりで そのまま下山というのがお決まりでした。
ま 最後の年も地蔵岳までで 終わりだろうと ワッセワッセと登っていたんです。
麻呂は 小さい頃からゼンソク持ちで 山登ったりすると ストレスで 発作を起こしやすくなるんです。 なので 地蔵岳が 目下の目標というか ゴール地点とココロのどこかで決め込んでいたんです。
ところがっだっ!!
その年 珍しくも天気ハイテンションなんですよぉ
引率だった M女史が燃えてしまったんです!!
「この状態なら 登頂いけるかも!!」
他の先生方も熱くなってきて
「ですね!M月先生!! 行きましょう!!」
とか 言い出す始末。
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
麻呂 もう 限界なんですけどぉ
発作のちっこいの 来てるんだけどぉ
。・゚・(ノД`)・゚・。
訴えても 彼女等の耳には届かず。。。Orz
「流石にお釜を見せてやりたいの!! あんた 今年最後でしょ!! 大丈夫 先生達いるから!! お釜 見よう!!」
1vs多数は ヤッパリ多数が強い訳で。。。
「はい! 地蔵岳で ちょっと休んだら 上まで行くわよ!!体の調子の悪い子はぁ地蔵岳で待機でもいいわぁ!!」
(ノ▼ο▼)ノ オオォォ んぢゃ 待機組みで ノシ
待機基地には 大きなドーベルマンが残るという。。。
麻呂はワンコがニガテなのです。
しかもこんな でっかいドーベルって
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
登ったほうがいいのか?
待機のがいいのか?
迷いに迷ったわけです。
ドーベルを怖がったほかの生徒達は
「先生 がんばりまぁす!!」
とか 言ってるし。。。
え? 麻呂 一人? Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)
「え えっと。。。 ま 麻呂も。。。がんばりゅ 。・゚・(ノД`)・゚・。」
結局 登ることに。。。トホホ。。。
はひゅはひゅと喘鳴をさせながら 登る。
「ちょっとずつ行こう まだ 時間あるから」
途中で ベロテック何回プッシュしただろう。。。
登っているうちに 靄がかってきまして
それでも 2時間ほどで 登頂!!
。。。。。。。。。。。。。。。。。(--;)
発作起こして ココまで来たのに
一個もお釜の陰すら見えネェよ
( ̄б゜ ̄*)ホォジホジ
まるで賽の河原の如き様相さね
( ̄б゜ ̄*)ホォジホジ
実際 がっかりでした。
そこで 学んだこと。
自分の持ちうる範囲内で 頑張るのはいい
だが 突飛な頑張りは 報われないという事。
無理せず コツコツが 一番だということ
欲張っちゃいけないという事。
かといって 先生に感謝してないわけじゃないんですよ。
先生はあくまで 麻呂の知らないものを見せたかったんだよね。
知らないものを見に行く勇気は 教えてもらった気がします。
後にそれが 役になっていたのかも知れません。
中学3年 最後の登山教室は 麻呂にとって学ぶべきことが多かったです。
だから 今も鮮明に覚えているんだと思います。