カフェ『AQUA』㉕高村さんの正体【小説】  | makoto's murmure ~ 小さな囁き~

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「いらっしゃいませ」
入ってきたのはビジネスマン風の若い男性。

ぱっと見ただけでわかる仕立ての良いスーツ。
めがねも細いシルバーフレームで、靴だって高級ブランド。
見るからに、できるビジネスマンだ。

「こんにちは」
マスターに向かって頭を下げる男性。

「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
「じゃあ」
男性は、奏さんとは反対端のカウンター席に座った。

「ブレンドをいただけますか?」
「はい」

ん?
この声。
どこかで聞いたような。

「青葉さん、準備は整いましたか?」
「え?」
えええ。

「何て顔をしているんですか?」
「だって・・・」

あまりにも違いすぎるから。
一昨日会った高村さんとは、別人にしか見えない。

「約束ですからね、帰っていただきますよ」
「・・・」

「お返事は?」
「・・・はい」

何か、悔しい。
家に帰らなくちゃいけないのは分かっているし、また逃出すつもりはないけれど、素直になれない。

「ところで青葉さん、あなたは実家に帰ってからどうするつもりですか?」
どうするって、
「また大学に通って、両親の決めた人とお見合いをするんだと思いますが」
「それでいいんですか?」

はああ?
何を言っているんだろうこの人。

「逃出した私を連れ戻しにいらしたのは、高村さんですよね」
「ええ、まあ、そうなんですが」
困ったなあと顎に手を当て考え込んだ高村さん。

「あなたは自分のお見合い相手について確認しましたか?」
「いえ。それは・・・」

勝手に決められたことに腹が立って、写真すら見ていない。

「そういう後先考えない所は感心しません。直してください」
「はあ?」
「それと、もうしばらくここにいたいと思っているようですが」
「はい」
出来ることならそうしたい。

「あなたの返答次第では、お父様に口添えをしてあげても良いですよ」
「本当ですか?」
「ええ」

でも待って、パパが高村さんの言うことを聞くとは思えない。
世の中の事柄をすべて損か得かでしか考えられないような人なのに。
返って高村さんがひどい目に遭う気さえする。

「僕の言うことが信用出来ませんか?」
「ええ」

***

「困りましたねえ。じゃあこれでどうですか?」

目の前に出された1枚の名刺。
名刺なら一昨日もらったのに。そう思って目を落とすと株式会社TAKAMURA専務取締役。
はあ?
TAKAMURAって、全国的に名の知れた総合商社。
現高村社長とはパパも懇意にしていて、私も小さい頃からかわいがってもらった。

「あなた、高村のおじさまの」
「息子です」

嘘。
子供がいるなんて一度も聞いたことがなかった。

「息子とは言っても外に出来た子で、一緒に暮らしていたわけではないので、ご存じないのかもしれませんね」
「へえー」
外に出来た息子。どこかで聞いたような話。

「それで?」
高村のおじさまの息子が、なぜ私を探しに来るの?

「ここまで言ってもわかりませんか?」
「ええ」
「青葉さんはあまり頭が良くないんですかね」

はあ?
思わず睨み付けた。

「あなたのお見合い相手は、この僕です」

「え?」
この人が、私のお見合い相手。
もっと言えば、私の未来の旦那様。

「どうですか、また逃出したくなりましたか?」
「いえ」

不思議だな。逃出そうって気にはならない。
高村さんのこと、好きなわけではないし、意地悪だなって思うし、時々怖いとも思うけれど、一緒にいることを不快には感じない。
思ったことをズケズケと言えそうな相手。
さっき奏さんと話していた女性の言う『好きすぎて本音が言えずに、表面を取り繕いすぎて仮面夫婦になってしまった』ってことはなさそうな気がする。

「僕との将来を考えてみる気になりましたか?」
「それは・・・」
無いかな。

「青葉さん、僕もあなたもまだお互いのことを知らないわけですが、1つだけお約束します。僕は生涯妻以外の人を好きにはなりません」

聞いた瞬間に目の前の景色が揺れた。
ヤダ、泣きそう。
泣きたくなんかないのに。

「僕を信じていただけますか?」

口を開けば涙が溢れそうで、コクンと頷いた。

「じゃあ今夜、一旦自宅に帰りましょう。一緒にお父様を説得して差し上げます。そうすればまたここに戻ってこられます。僕も来週からは忙しくて、1ヶ月の予定でヨーロッパ出張ですので、ここでおとなしく待っていてください」

やったー。またここにいられる。
今度は隠れることもなく堂々と。
それも、高村さんが1ヶ月の長期出張ってことはその間はどこにでも行ける。
いざとなれば逃出すことだって、

ペシッ。
「痛っ」
急にデコピンが飛んできた。

「また、よからぬことを考えている」
ギロッと睨み付ける高村さん。

もー、何でわかるのよ。

「青葉さんがわかりやすく顔に出しすぎなんです」
「はいはい、すみませんね」
どうせ私は単純です。

「青葉さん」

「はい、もうわかりましたから」

 

再び名前を呼ばれ、顔を上げた。


「そうじゃなくて」
私を通り越して、奏さんを見ている高村さん。

あれ?
奏さんの様子が、おかしい。