カフェ『AQUA』⑬SIDE海斗【小説】  | makoto's murmure ~ 小さな囁き~

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SIDE海斗

 

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ったく、何なんだよ。
母さんがうるさいのは今に始まったことではないし、担任がやかましいのも教師なんだからしかたがないと思う。
でも、何で奏さんにまで文句を言われないとイケないんだ?
家族でも、友達でもないのに、あそこまで言われる覚えはない。
それに、一番頭にきたのは父さんの態度。
まるで人ごとみたいに、無関心で通そうとするのはなぜなんだ。

「あれ、海斗?」
「三上先輩」

父さんの店で奏さんと言い合いになり、飛び出してやって来たのは駅前のゲームセンター。
普段から暇つぶしに来ることがある店で、ここに来れば三上先輩に会うだろうと予想もしていた。

「今日は早いな。何かあったのか?」

「ええ、まあ」

いつもより早い時間に表れたのを怪しんでいるようだ、俺も別に隠すつもりはない。
もちろん三上先輩のことでもめたとは言わないが、親と進路のことでもめることは珍しい話でもないから。

「今日、三者面談だったんです」
「ふーん」
「先輩は高校に行かないって言った時、親ともめなかったんですか?」

高校に行ってから辞めるのは珍しくもないけれど、はじめから行かないって決める人は少ない。
きっと先輩も、今の俺と同じような経験をしたんじゃないだろうか?

「俺ん家も、お前の家と一緒で自営だろ。父さんは中卒だし、昔は悪かったって言うし、そんなに反対はされなかったな。若い頃はやりたいことをすれば良い。二十歳を過ぎたら真面目になって家業を継いでくれって言われた」

へー。

先輩の家は建設業。
おやじさんが起こして一代で大きくした会社だ。
先輩のおやじさんは父さんの後輩で、昔の悪仲間だったらしい。

「お前の家だって、おじさんは何も言わないだろ?」
「まあ、確かに」
無関心かってくらい何も言わない。

「言えるわけないんだよ。自分達だって散々悪いことをしてきて、親や学校の言うことなんて聞かなかったくせに、俺たちに説教なんて出来るわけがないんだから」

うーん、そんなものかなあ。

ブブブ。
携帯の着信。
「はい」
先輩は迷うことなく電話に出た。

「はい、はい。・・・それは、」

相手は誰だろう。
友達って感じではない。

「わかりました。でも・・・わかりました」
 

随分困っているのが、声の調子からもわかる。
何だろう?仕事かな?

「はい、わかりました。・・今日中に。・・・失礼します」

はああー。
電話を切った瞬間、盛大に溜息をついた先輩。

「どうしたんですか?」
ただ事じゃなさそうだが。

「うん、仕事」
「仕事、ですか?」

先輩って働いていたっけ?

「バイト先で、ちょっとしたトラブルがあって」
「トラブルですか」

難しい顔をして携帯を見つめる先輩が、ちょっとだけ心配になった。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。俺、ちょっと電話してくるわ」

わざわざ店を出て行く先輩。
普段ならこの場でかけるのに、なんだか様子がおかしいな。

***

三上先輩は2つ上の先輩で、中学の陸上部で長距離をやっていた仲間。地味で、苦しくて、決して花形でもない競技を真面目に練習する先輩に俺はあこがれていた。
それに家庭環境も少し似ていて、俺の苦しさを一番わかってくれるのも先輩だった。
勉強だって200人以上いる学年のなかで、常にベスト10。
きっと進学校に進んで、大学に行くんだろうと思っていた。
しかし、先輩は進学しなかった。
かといって就職するわけでもない、ニート。
さすがに学校としてそれではマズイとおやじさんの会社に就職した格好をとったけれど、仕事に出ることはしなかった。
近くのコンビニや日雇いのバイトで金を貯め、国内や海外に1ヶ月単位で行くそんな生活をを送っている。

「ごめん、お待たせ」
 

しばらくして、先輩が戻ってきた。

「仕事大丈夫ですか?」
「ああ」
って言ってるけれど、表情は冴えない。

「海斗、飯行くか?おごってやるよ」
「はあ、ありがとうございます」

***

やって来たファミレス。
2人ともにハンバーグのセットを注文し、ドリンクバーのコーラをゴクリ。

はあー、うまい。

「海斗のおやじさんは家を継げなんて言わないのか?」

へ?

「言わないですね」
ってか、何も言わない。

「先輩ん家は言うんですか?」
「ああ、おやじは自分の力だけで会社を起こしてここまで大きくしたってのが唯一の自慢だからな。俺に継いでくれてやかましい」

フーン。
先輩も俺と同じで一人っ子だから、他に姉弟ががいない分逃げ道がないわけだ。

「やっぱり継ぐんですか?」
「俺は・・・出来れば自分で何かをしたい。おやじよりでっかいことをして、認めさせたい」

その気持ち、俺にもわからなくはない。
でもな、俺にとって父さんはでかすぎて立ち向かっていく対象にすらならない。
何しろ伝説の総長だし、事業だって先祖代々の土地に建てたビルの管理を一手にこなしながら趣味でカフェまで開いて、悠々自適だ。
どんなに頑張っても、俺には無理だ。

「なあ、海斗」
「はい」
「お前の家って、市立病院のすぐ後ろだったよな?」
「ええ」
家って言うか、店の方だけれど。

「病院のWi-Fiに繋がったりするの?」
「いや、Wi-Fiはわかりませんけれど、院内PHSは繋がるみたいですよ」
「へえー、入院患者の情報とかわかるかなあ?」

えっ?
「先輩?」
さすがに話の流れがおかしい。

「いやあ、知り合いが入院しているんだけれど、そろそろ元気になったのかなって」
「知り合いですか」

それは本人か家族に聞くか、お見舞いに行けばいいと思う。

「面会謝絶らしくて、会えないんだ」
「そうですか。でも、今時の病院は個人情報の管理が厳しいですし、電子カルテ化が進んでいますからね、セキュリティーはめちゃめちゃ厳しくて外部からの侵入なんて絶対に出来ませんよ」

「フーン、そうなんだ」
先輩の表情が暗くなった気がした。

この時の俺は、先輩が事件に巻き込まれようとしているなんて思ってもいなかった。