祈り 1945年 8月6日 午前8時15分。 あれから68年。今年もこの日が来た。 祖父は直接被爆、祖母は後日、入市被爆し、今、白血病で入退院をしている。 戦争を知らない私達は、あの日の光景を知らない。 語られる言葉や、残された物達の物言わぬ声から想像するしか出来ない。 けれど、決して風化させてはいけない。 私達が出来る事は忘れない事、語り継いでいく事だと思う。 語り継ぎ、二度と過ちを繰り返さないという碑に刻まれた言葉を後世に伝えていく事。 ヒロシマ、ナガサキを忘れない。 心からの祈りを捧げる…。
虐め 連日報道されている、虐め自殺の記事。 学校も教育委員会も、あれだけの証言が上がって来ていたのを無視して「関係性はなかった」と無責任な発言をした。 彼等だけではないが、こういった事件がある度に、人の命を軽んじる無責任な発言が繰り返されている。 私もかつて、虐めを経験した。殴る蹴るといった身体的暴力から精神的な言葉の暴力、他にも様々な形での暴力が繰り返されていた。今でも忘れる事が出来ない。 だからこそ、学校の教師、教育委員会という立場にある人間がこんな無責任な発言をする事に怒りを感じる。そして、深い悲しみを感じる。 これは氷山の一角に過ぎないのは解っている。 ただ、黙って見過ごす事は出来なかった。 一度でも虐めを経験してしまった人間はその先の人生でもそれを背負っていかなければならないのだから…。