先週は、もう何十年もつきあいがある、事実上、私の命の恩人たちと

山ハイキング行ってきました。

少しお姉さんの友人が、先月、還暦を迎えたというので、

ガーランドやプレゼントを仕込んで、山頂でサプライズでお祝いすることにしてました。

 

ミッションその1

うちから移動2時間の駅で、朝早く集合。(各自、おにぎり持参)

最近、夜遅く、朝遅く、だらんとした生活ぶりだったので、まず時間通り到着することに集中。

準備万端、電車に乗り込むと、やけに混んでる。

なんだ、こりゃ。ああ、平日かー。通勤の人とかぶってるのかー。

その瞬間、思い出した。去年まで、私が毎日通勤に使ってた7時36分発の電車でした。

不思議だ。。。毎日毎日、同じ時間の電車に乗り続けた毎日。

あの日の私は何もかも失って、平日、ハイキングに行く私を想像しただろうか。

無事、集合時間に間に合ったところで、すでにミッション終了した気になっていた。

 

ミッションその2

クールなMの還暦祝いは、ガーランドに仮装グッズ。

「絶対、うざいっていうよね。」「顔、しぶいまま、断りはしないだろうね。」

イヒヒヒって、友達甲斐があるのか、ないのか。

お祝いは、山上、三角点ですることになってた。

これが、また遠いの。登り路続くの。足があがらないの。心拍数すごいの。

昨年末から入院していた私には、景色が遠のくような行程。

途中で、荷物をみんなに手分けして持ってもらい、がんばれがんばれと声をかけられ、

やっとミッション地にたどりついた。

ずっと体育会系で、毎日、体動かしていたのに・・・・これは、私じゃないっ!

と、数年前までなら、焦っただろう。落ち込んだだろう。必死で平気なフリしてただろう。

今はもう。

「きゅうけーい!」「甘いのちょーだーい」「また、きゅうけーい!おねがーい」

困ったちゃん全開で、なんとか山頂にたどりついて、へろへろのままガーランドもった。

お祝いもできたし、できない自分もそのまんまにした。

 

おまけ

見晴らしのいい場所で、並んで食べたおにぎり。

とりとめもなく、それから、場所を変えながら、延々としゃべりながら、帰ってきた。

関西のおばちゃんが通る! 状態。 麓のおしゃれなカフェは出禁かも。

 

いい日だった。

以前は、予定が重なると、それが楽しい予定であっても、前日、調子をくずして

ドタキャンしたりしてた。

何もかもいっぱいいっぱいで、楽しむことすら容量がほとんどなかったと思う。

 

今回は、ずっと楽しみが続いていて、少し緊張して、後は盛大に甘えて、

しっかり一日を味わい尽くした。

 

次の日は、一日、ポンコツになってて、徐々に必要な仕事のサイクルに戻っていって。

そして、小さな「むーーーん」が重なり、夕べから一転、今は、超ド拗ね女になっておる。

出し切って、マイナスが、ぐわーっと湧き上がってきたかな。

あー、上がり下がり激しいわ。

下がりについては、気が向いたら、書くかも。です。

 

おおお、ひっそりと始めたのに、「いいね」つけてくださった方々、

ありがとうございます~

 

私、小学校低学年の頃までは、目立たない子だった。地味だったと思う。

華やかなことが好きで、にぎやかなことが好きな母は、それが不満だったのか、

よく、「しっかりしなさい」「がんばりなさい」と言われていたような・・・気がする。

(ちゃんと、覚えていない。)

小学生の高学年の頃から、徐々に積極的になっていったと思う。

 

それから目立とうとしていた。認められようとしていた。がんばっていた。

まだ「えいち・てぃてぃぴー・すらっしゅすらっしゅ」ってな時期から、

自己流でホームページ立ち上げたりしてた。

私は、仕事でも子育てでも「しっかりしている。がんばり屋さん」としての顔で生きてきた。

 

あっちこっちぶつかりながら、そうやって生きてきて、最近は、すっかりひきこもってる。

長年の習い性で、すっかり全部、ほおりだすような怖いことはできず、

生活に必要なお金は、淡々と仕事して稼ぎ、それ以外は、家でぼーっとしてる。

 

それなのに、また、ブログ、ぽちぽち書き始めたのは、きっと自分で自分に言ってるんだ。

(わたし、生きてますよ。大丈夫ですよって)小声で。

 

「違和感のある場所が正解」心屋仁之助さんの過去ブログ

https://ameblo.jp/kokoro-ya/theme18-10088601569.html

 

今、しゅーっと外への感覚を閉じて、子宮の中に戻るような流れの中で、

「安心してる」「傷つかない」場所で、じっとしている心地よさの中で。。。

 

なんか、キョーレツにざわざわした。

 

うーーーっと、何にざわざわしてるのか言語化できないんすけど。

やべーな。

何が違和感かすらも、わかんなくなってきてんのかなー。

 

末子の三男が、長い長い長い長ーーい就活を終えて、

来週は、内定式のため、東京へ行く。

いわゆる大人から見たら、めっちゃ問題児で、手がかかった。

それでも、社会人の群れに紛れ込んでいくとは意外。

 

この息子の幼馴染くんは、春から就活に取り組んでいたけれど、最終面接で落ちたり、

内定もらった会社を断ったりしていて、なかなか決まらない。

先週、内定もらった会社も辞退して、結局、来年、もう一回、就活やり直すという。

 

なんでーーーーーーーっ?!

あんた、ポテンシャル高いやん。売り手市場で、なんとでも就職口あるやん。

現に内定もらってるやん。

 

 

・・・でも。

「なんか。違う」

らしい。

 

あのなあ。この時期に、新規採用のために役員そろって、あなたに会ってるんよ。

キミも、「入社したい」って、言って応募したんやろ??

(ああ、私的には、考えられなくて、あうあうして、「あなた」と「キミ」が混じる)

 

無難に過ごしたい大人からすれば、理解不能。

 

でも、彼は、「なんか 違う」の自分の感覚に、いたって正直。

具体的に、これがしたいというのがないのが、彼の弱点といえば弱点だったが、

それは、別に珍しいことじゃない。

働きたいのも事実。就活が長期化しても、学業、バイトもしながら、ねばってた。

今回、選んだ道が、「条件」的に厳しくなろうとも、彼は、彼の心地よさの中でしか生きない。

 

「俺も、ようわからんけど。アイツなりに考えてるし、一番つらいの、アイツやからなー」

と、息子も、あるがままを受け入れとる。

 

前出のブログが、「長年、慣れ親しんだ殻をやぶる時は違和感がつきもの」という

話だったけど、三男もそのツレも、「慣れ親しんだ殻」ってものがない。

まだ、どこもかしこも違和感の中を、自分の勘頼りに突っ切っていく。

 

ばくばくしたせいかな。

長い上に、まとめもない。

ちょっと泣きそうになりながら、今日の今の感覚。書き留めておきます。

明日は、友人のお父さんの四十九日だ。

昨日、それに間に合うようにお花をもって、お悔やみに行こうと思っていたのに、

行かなかった。

今までだったら、それに理由つけてたなー。

単に、行かなかった。

 

今日は、家の近所で、1時間くらい歩く秘境みたいなお寺に行く予定で、

この時間になっても、やっぱり家にいる。

スケジュールノートの文字、また、修正ペンで消そう。

 

そういえば、水曜日に仕事に行くつもりで、起きたけど、どんよりして。

「仕事休めば?」と息子に言われて、おお、その手があったか。

と、仕事を休んでいたっけ。

 

以前は、頭で考えたことを、無理、体を動かして、感情に理由つけて納得しようとしてた。

よくオーバーヒート起こしてたなー。

 

心屋風に言うならば、ええ感じにぽんこつになってきた。

予定決めるの、やめとこ。

その時、したいことしよう。

 

はじめまして。

感じたこと、思ったこと、反応したこと。

流れていっちゃって、忘れてしまう。

でも、それはちゃんと残っていて、姿を変えて、現れる。

ずいぶん前から振り回されてるんですが、ちゃんと「手に取って」

私の中に残らないように、流れて行ってもらおうと思いました。

 

で、そのための日記です。(え~~っ?)

 

最近、アンチエイジングとかって、「**歳にみえなーい!」って言うの

流行ってますけど、あれ、どーも抵抗があって好きじゃない。

イキイキしてたら、自然にエネルギー溢れだして、若々しくも見えるだろうし、

それでも、しわやら、関節の痛みやらは、出るときゃ出るし。

 

うちの母は、娘が言うのもなんですけど、明るくて聡明で目立つ人だった。

孫にも「おばあちゃん」とは決して呼ばせなかった。

それでも、やはり歳はとるし、体力は弱るし、使い痛みもでてくる。

今までできたことが、できなくなってくる。

とうとう、それが母が受け入れられないレベル(元々設定のハードルが高い)を

超えて老いに抗えなくなったと感じた時、精神が先に壊れてしまって、

さっさと自分で元の世界に帰ってしまわれた。

 

当時、自分の親が、目の前でどんどん壊れていくのを、唖然としてみているしかなかった。

今は、ずいぶん、「そういうこともあった」と淡々と思えるようになったけど。

 

楽しく暮らしたい。おしゃれもしたい。おいしいもの食べて、気持ちよく笑いたい。

それと同じくらい、老いや衰えとも気持ちよく並走したい。

 

息子たちによると、私は、

「両親ともちゃんと見送ったし。息子たちはみな大人になったし。

 もー、することねーやん。死ぬだけで。好きなことしてたらえーよ。」

 

ということですが、これが、長年の「やらなければ」「がんばらなければ」エンジンで

走り続けたせいか、「好きに暮らす」という意味がわかんない。

 

先は長いのに、どんどんポンコツになっていくのに、どーすりゃえーの。

というわけで、この日記は、私の「好き」「心地よい」を選ぶ日々をだらだら書くつもり。

「好き」を選ぼうとして、「好きなフリしてたもの」にも気づいていくだろうから、

ドロドロするかもしれんが、それもそれ。

人にドロドロぶちまけたい衝動はないので、

もし、いやんと思ったら、ちょっとご訪問控えていただけると、お互い幸せと思う。

 

とりあえず。「今日は、仕事を休んだ」